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2011年12月 アーカイブ

2011年12月02日

お元気ですか、お元気です

先日のTV(確か、大阪W選挙についてだった)で建築家の安藤忠雄が「海外では本当に日本は目立たない」みたいな事を言っていた。だからもっと元気出せ、と。もう一つの番組では東南アジアに進出する‘韓流’商品みたいな特集をやっていた。一時、物議を醸したTVの韓流ブームも、さすがに隠せなくなって国策である事を肯定的に解説するという段階に達したようである。対GNPに占める貿易額の割合では日本は先進国中、相当順位が低い。にもかかわらずGNPの世界順位では第三位(ちなみに韓国のGNPは東京都と同程度!)という事は、日本の経済を動かしているのはほとんど国内市場であるという事。実際、世界で一番口うるさく、鑑識眼を持っているのは日本の消費者。企業からすれば、海外に出るリスクから考えると、国内市場の方が大事だ、というのはごく自然な判断である。だいたい、企業は営利目的の組織なんだから、国内で儲からないなら、誰も何も言わなくっても、海外に出て行くはず。そうならないと言うことは、つまり、元気がないからではなくって、企業の合理的判断からなのではなかろうか。江戸あるいはそれ以前から日本人って、基本的に自給自足を身上にしている民族なのであり、それは今でもそうである、というだけの話なのではなかろうか。
普通に生活しているのに人から「元気出せ、元気出せ」って言われると、あれ?オレって元気なかったのかな?と錯覚する感じが今の日本ではないのか。もちろん、震災の痛手は大きいものの、空前の円高から推すと外国はもっとひどいと言う事じゃあないのか?何度でも書くが、根本的に「グローバリゼーション」を疑ってかかる視点を皆持つべきである。そして、海外で元気だったって国内経済がガタガタなら全くの本末転倒である事(どこの国の事かは想像に任せる)をしっかり認識するべきだ、はっきり言ってそんな国になるより今の方がずっと良い。
ちなみにAKBが海外でも同様のアイドルグループ作りを企画して国家プロジェクトとして動いているらしい。インドネシアにAKBみたいなユニットが出来た、との事。オモロイ!国策としてのK-pop旋風vs日本のソフトパワーの戦い!頑張れAKB!日本のオタク文化の底力を見せつけてやれ!

2011年12月03日

自己に多くを課す人

昨日帰ると娘がおもちゃの片づけをしないとの事。奥さんがキレて、「そんな悪い子にはサンタさん、プレゼントもうくれやらへんや。去年までのプレゼントも『返してくれ』て言うてきやはんのとちゃうか!」と、言ったらしい。聞いた娘はポロポロ泣いて後片付けしたらしい。何ともガキだ。そんなにプレゼントほしいか!
ところで、最近読んだ本がこれ、「逆説の政治哲学」。作者は保守派と言う事で安心して読める。いまだユートピア幻想が薄く社会に蔓延する日本ではこういう本は大事だ。私がなぜユートピア思想を嫌うかと言うと、「ユートピア建設のため」に人類は膨大な犠牲者を払い続けてきたからである。そして、ユートピア思想は論理的にそういう危険を孕んで(つまり、私が‘粛清の思想’と呼んだもの)いるのである。もともと人が集まって社会を作っているのだが、雑多な集団である社会を個人やイデオロギーで統制・管理する事など、根本的に不可能なのである。もしもそれをしようとするなら、「不平分子を消す」という選択肢が必ず採用される。そうしないと、理想は実現しないから。これは中国や北朝鮮を見れば分かる事である。もちろん、マルクス主義者が主張する原始共産制(原始時代、私有財産のない時代があった!そんな馬鹿な!)などないし、(もしかしたらサルでも私有物に対する意識を持っているかも知れない)今後未来永劫、バラ色の社会主義など来るはずはないのである。
話が逸れた。多くを語りたいが、邪魔臭いのでオルテガ(スペインの思想家)の言葉だけ書き留めておこう。
「すぐれた人間とは、自分自身に多くを課す者のことであり、凡俗な人間とは、自分自身に何も課さず、現在あるがままのもので満足し、自分自身に陶酔している者である」
私の夢は私のものであり、他人の何物とも比較不能である。ゆえに、私は他者からの評価とは無縁の領域で、自分の夢のためだけに、死ぬまで妥協する事なく努力し続ける。オルテガ、最高!娘もちょっとは、見習え!

2011年12月06日

またまた臭いヤツ!

いよいよ塾も冬準備真っ盛り。来週から直前講座がスタートするんだが、その準備の事を考えると、戦々恐々、気が滅入る。その上、再来週には恒例のクリスマスライブという事で、毎夜ギター練習の日々が始まる。きっついなぁ!まぁ、文句は言うまい。永遠に続く訳でもないし、年明けには会社の新年会(今年は我が家でやる!)もあるし。CD制作も待ってるし!久しぶりにパワー全開で行こか!
ところで、最近気になってしょうがない事なので書いておく。防衛相問責の直接のきっかけとなった局長の女性蔑視(なのか沖縄蔑視なのか)の問題発言の件。ヒドい事を言うヤツだ、と最初は思っていたがよく読むとオフレコの場(居酒屋?)での発言でその上、公的発言ではないので新聞に載せないように念を押しての発言と知ってビックリ!つまり、新聞記者が約束を破った、という事。まぁ、言った言葉やその後の展開に関して私は何も言う立場ではないが、何となくしっくり来ないと言うか、正確に言うと、実に不快な気分になる。一体、新聞記者って自分の仕事を何だと思っているんだろう?「言論の自由」の前に人間として守らなければならない規律(この場合は‘約束’)っていうものがあるのではないだろうか。そんなすっぱ抜きの記事を書いて、(回りにはどうせ、同類ばかりいるんだろうからチヤホヤされるだろうが)何て言うか、恥ずかしくないのだろうか?オフレコで問題発言したヤツより、平気で約束を破るヤツの方が、少なくとも人道的には犯罪だろう、と思うんだが…。あまりTV見ないのでどういう評価が下されているのか私は知らないが、とにかく不快な記事である。
さて、こういう気分を払拭するには、やはりB級ホラーに限る。昨夜見たのが「リーカー続編」骨子は以前見た「地獄のモーテル」と同じなので、驚きはないものの、私は結構好きだなぁ。程ほどに切株描写もあり、血糊の量もまずまず。ストーリーの意外性も良い。女優さんも可愛いし、ナイスバディにタンクトップ。真面目にじっくりと見た。お勧めかな?

2011年12月07日

2012年に向けて

明日は娘の幼稚園で学芸会。娘は白雪姫になるとか言う事で、奥さんと一緒に見に行く。白雪姫じゃなくって‘森三中’の間違いじゃねぇのか、なんて言ったら鉄拳が飛んできそうなので、家では言わない。
2012年はさて、どんな年になるのだろう?また、忙しいのかなぁ。それとも、ゆっくり自分の時間が作れるのかなぁ。中小企業は規模が小さい分、今のような変革・激動の時代には生き残りやすいはず(恐竜絶滅時代の哺乳類みたいなもの)で、その事には実はあまり心配していない。要は、自分の追及するべき教育がどのような環境で実践出来るのかという話。本当なら、自費出版をバンバン出して、CDバンバン作って、その上仕事もバリバリやって、というのが理想なのだが、ちょっぴり贅沢な悩みかな?いやいやこれでも今回の人生では随分と諦めた事があるよ。海外旅行にかまけたり、映画作ったり、当然職業作家になったり、アーチストになる道は諦めた。ついでに言うと松雄芭蕉のように生きるのも諦めた。北村透谷のように生きるのも、大杉栄のように生きるのも、織田信長のように生きるのも、マイケル・シェンカーのように生きるのも、諦めた。嗚呼、まさに人生は‘ジョーク’のように過ぎていくものだ。でも、もう一度生まれ変われたら、やっぱりこのような人生が送りたい。神様、次の人生があるなら、やっぱり‘日本’が良い!他の事はあまりどうでも良いが、日本人として生まれ変わらせて下さい、お願い!

2011年12月09日

教科書問題から国を見る

それぞれの国にはそれぞれの国民に向けて示すべき‘大義’と言うものがある。例えばアメリカはいまだに原爆投下は「戦争を早く終わらせるため」と教えているし(当然、ウソ)、おそらく中国では尖閣は「自国領海だ」と教えている(はずだ、知らないけど)。「ウソはダメでしょ!」と言うのはよその国の言い分で自分の国には自国なりの論理が当然ある。一時期「自虐史観」と騒がれ(今でも?)、未だに大阪で「教職員は国歌を歌え!」などと揉めているのは、根本的には日本国の中にいて日本の大義を認めない人々が組織の中枢部分にいる所から生まれる。
日本は確かに自由主義の国だが、以前にも書いたがそこでの自由は約束を破ってまで保証されるものではない。最近何かの書評で、かの「沖縄ゆすり発言」をしたアメリカのメア氏も何か、「騙された!」みたいな発言をしていた。まさに国家転覆を図る人々(彼らにとっては沖縄が日本から遠ざかる方が有利だ、そういう彼らとは誰か?)が間違いなくいるのである。最近読んだ西村幸祐氏のこの本、相変わらず驚愕である。生徒が「パク~」か何か、意味不明な言葉をしゃべっているので糾したら「百済」の韓国読みらしいと聞いたのが三年前。一体、学校では何を教えているんだ?日本の教科書は日本の大義を教えるのが当たり前だろう。生徒経由では手は出さないが、娘がそんな事を教えられたら私は即刻学校にクレーム電話してやる。
自虐史観や対外隷属史観で塗り固められた教科書の最大の難点は、歴史の大きな流れが見えないという点にある。これは学校教育や教師の指導法の問題とは別次元である。日米開戦でアメリカの陰謀を教えなかったり、いまだポツダム宣言を「無条件降伏」と教えたり(そんな言葉、宣言には書いてない!)、原爆投下やGHQによる憲法変更が戦時国際法違反であることは教えない。自国の大義を教える気がないならさっさと中国でも韓国でも行ってそこで好きな事を書けばいいじゃないか。これは日本で原爆反対運動やってるヤツ全般に私が言う事だ。日本は原爆など持っていない。本当に原爆に反対するなら中国に行ってやれ。何しろ中国は今でも日本に向けて何百発もの原爆の照準を日本に合わせているんだから。そのくせ、利権や公共サービスなど国民として貰うべきものだけは貰っている。イヤなら(国家を否定したいなら)返納しろよ。ついでに、買い物するな(紙幣は日本銀行券、日本‘国’の借用書である)、日本語しゃべるな!それでも、国家を否定してみろ!
何度でも書くが、これら検定合格した教科書群、一体どこの国の教科書なんだか、分からない!オレが検定委員だったら一社以外は全部不合格にするだろうなぁ。これを教えられる生徒たち、ムリに教えなければならない先生たちに、本当に心から同情する。

2011年12月10日

ついでに公民も!

昨日の続きに公民教科書の問題も書く。現憲法の3大特徴みたいに今までは私も教えていたが、この「3」という数は教科書によって違う!言われてみれば確かに例えば「象徴天皇制」や「三権分立」などは憲法の特徴とは習わない。その理由とは…これまた、実に偏狭な左翼イデオロギーのため。また、ルソーに始まる直接民主政治を理想とした教科書が、今の教科書との事。なるほど。これも言われてみればその論理的な限界に気が付く。実際、直接民主政治のメッカ、ギリシャが最終的には衆愚政治に陥り、崩壊した歴史的教訓から現在の国家は基本的に代議制に替わったという事が分からなくなる。ここにも原始共産制に近い理想のユートピア思想が見え隠れしている。
とにかくヒドイ。過去の人類史の教訓を一切生かさず、自分たちの信奉する思想を無垢なガキに洗脳するための手段としての教科書とは一体何なんだろう?その上、というか、その結果、歴史捏造の反日と来ている。改めて書く。教科書とは本来、健全な自国民を育てるために自国の大義を子供たちに学ばせるためのものである。国際関係上、国家間の対立とは国家間の大義の対立と言い換えられるから、この問題は一般の人々が考えているほど、他人事ではない。詳しくは昨日紹介した本を読んでくれ。
さて、昨夜見たのが何と30年来、憧れ続けた孤高のロックバンド「スパークス」ライブ。死ぬ前に彼らのライブが見れるなんて!どういうこっちゃ!生きていて良かった。内容は当時の新作として発表した「リル・ベートーベン」のライブと往年の名曲群(キモノ・マイ・ハウス!No1ソング・イン・ヘブン!)からの曲。客たちとともに、興奮した。嗚呼、日本に来ないかなぁ。

2011年12月14日

今日は忠臣蔵の日だよ

冬が近づくにつれて仕事もなかなか緊迫感が増してきた。現役高3生は既に100%合格を果たした(つまり、どこかは行く大学がある)ので、次なる目標は限りなく第一志望校への合格。また、中3は例年通り第一志望校合格100%に達するのかどうか、まさに手に汗握る日々である。
ついでに書くとCD制作(仮タイトル「kiss my ass」(邦訳;ざまあみろ!」)も順調で、なかなか凄い事になっている。もう二曲ぐらいは入れたいと思いつつ、さて、時間が許すかどうか、こちらも手に汗…握らないか。「名刺代わりにCDを!」という夢というか、バカみたいな話ももうすぐ実現しそうだ。
従軍慰安婦関連で記事が出ていた。それこそ、ざまあみろだ。自分の国の国益をこれまでないがしろにしたツケがこれから数年の内にここかしこで噴出するだろう。この問題に関しては未来永劫「河野談話」に日本の国益は損なわれ続けると思われるが、本人もその息子まで国会議員をやり続けているのが、私にはまさに理解を超えている。ありもしない歴史捏造など、世界にはいくらも例があるのであり、教師が大好きな「命を大切に!」という言葉の真意とはまさに徹底的に「ウソを許さない」姿勢によってしか守れないと思うんだが、結局これもウヤムヤにされて、言い訳にしか聞こえなくなるのであろう。丁度、自国領土を他国にドンドン実効支配されても文句一つ言わない、政治風土の結果である。
先日、靖国問題に関する詳細な論考をネットで発見して読んで、以来やっと社会科学に対する自分の見解がまとまりつつある。この数年~数十年間勉強し続けた結論が出てきた。機会があれば書き留めるだろうが、邪魔臭かったら墓場まで持って行く。奥さんは「隠居後の仕事にしたら?」と言っていたが、さぁ、そんな時間が私に許されているのか、分からない。とりあえず、CD優先である。

2011年12月19日

チェスタトンだった男

仕事は相変わらず忙しい。まぁ、気が付けばあと10日で年が替わるんだからしょうがない。その上今年は娘のバレーの発表会のため、毎週日曜日は練習に連れて行くというオマケ付き。人前で本番をするのは良い勉強だから、頑張ってくれ。一方私の方は恒例のクリスマス・
ライブが烏丸丸太町角のslow handで行われる。23日はこれまた例年通り冬期講習会の初日にも当たる。そして一気に年末~正月へ。合間にCD制作(あと数日あれば…)。
ところで、新聞開くとまたまた消費税増税の話題が一面に。もう一度整理して書く。日本政府の借金はすべて円建て。これがEU諸国の金融危機と本質的に違うところ。GNPとの比率をどれだけ比べても同じ。円建てである限り、円の発券権を持っている日本政府が絶対優位なのであって(足りなくなれば自分で増やせる)、そこには何も問題はない。日本は消費税が世界水準で見ても相当に低いが、おそらくこれは日本の公務員の人数(これも世界的には少ない)と給料(これも世界的には相当低い!)と連動しているんだから、別に問題はない。おそらく消費税を上げろ!と叫ぶ理由は官僚がもっと俺たちの給料を上げろ!という話の言い換えなのだ。ちなみに公務員問題に関しては巷のデマがこれも相当に広がっているので糾しておく。公務員の仕事はお金ばっかりかかるから、削減(所謂‘仕分け’)した方が良い、と皆思っていると思うが、もともとお金にならない業務だから公務員がやっているのである。お金になるなら、民間がやる。だから、極論を言えば、政府そのものこそが仕分け対象だ、という事になる(この考え方が「リバタリアニズム」)だが、現実問題としてはこれはちょっと厳しい。やはり赤字覚悟でやるリスクは政府に負ってもらうべきなので、結果公共サービスはお金にならない、という事になる。世の中にはムダだと分かっていても出費しないといけないことはあるものなのだ。基準はムダかどうかではなく、社会のためになっているかどうか、固い言葉を使うと国益に適うかどうか、であってそれは国家の理念(所謂‘国家理念(国体)’)に対する自覚なしにはそれこそ仕分け自体がムダなのだ(popがやっていた「事業仕分け」に私が否定的なのはこれが理由。一部の識者はガラス張りにやって良かった、とか言っていたが私には意味が分からなかった。どっかの省のどっかの部局の外郭団体の何かの開発費が国益に適うかどうか、誰が判断する責任を負うんだ?関東のダム建設の話を思い出せ。二転三転して結局、作ることになった。これは沖縄の基地問題でも同じ。これが直接民主政治の弊害なのである)とにかく、今の政府の最優先課題は「景気対策」この一点なのである。増税なんてもっての他である。
ところで、昨日読んだ本がこれ。イギリス保守派の大物、チェスタトンの探偵冒険小説である。内容は…なんか、不思議なお話。彼の保守思想が底流にあるんだろうが、謎めいたストーリー展開、黙示録的な暗示、ちょっと感想をあっさり書くのが難しい。もしかしたら数年ぶりにまともな(?)、所謂「小説」を読んだ、っていう感じだ。嗚呼、頭悪くなってきたなぁ。

2011年12月21日

あやかし神楽

講習直前で忙しい。師走とはよく言ったものである。目一杯仕事をして家でホッコリするのも束の間、すぐにCD製作。これでだいたい朝までかける。午前中用事がある時はゆっくり本読んだり、映画見たり。
そこで、見たのが「あやかし神楽」。まぁ、B級である。主演の女優(女の子)はTVにも出ているらしいが、私は知らない。お話的には…、妖怪大戦争の神道版とでも言おうか、異国の妖怪をお神楽を舞って退散させるという反時代的なお話。特撮もチープだし、出演者の演技もダメダメ。子供向けっぽい作りなのでそこだけが許せるかな?なんで、見たんだろう?っていう感じの映画だった。

2011年12月24日

クリスマスライブ無事終了!

昨日は恒例のクリスマスライブが無事終了。我が家では娘がバレーの発表会その上、奥さんは楽屋の世話役係、実家から義母が駆けつけてくれてもう家族総出で天皇誕生日を満喫した(皆、ご苦労であった)。バンド結成当初はそれでも本番前は一週間とか一ヶ月とか連続で練習して緊張の本番を迎えていたのだが、今では前日にとりあえず演奏パートの確認だけしておこう、みたいなノリ。成長したのか、手を抜く事を覚えた不良少年か、分からない。
今年ももう一週間、何とも荒れた一年だった。50歳を過ぎてますます好き勝手に生きるようになってしまった。ブログでの発言は過激さを増したし(奥さんに今でも怒られる。これでもだいぶセーブしている)、趣味の充実度もハンパじゃない。世間的にもやっと現与党の実態が明るみに出だして、おそらく結構な人がトットと総選挙しろよ、と思っているんじゃないだろうか。党規がない政党が与党になるって世界史上、ナチスドイツ以来の事だし、そんな党に「政権交代!」って叫んでいたマスコミが「言論の自由」を謳うなどと、私に言わせれば悪夢以外の何物でもない。ただ、それはまさに国体(ナショナルアイデンティティ-)をないがしろにし続けてきた戦後日本のまさに象徴でもある。理念のない組織では人は必ず好き嫌いで物事を判断するようになる、とは私の前職での言葉だが、まさに今の日本ではどいつもこいつも好き嫌いで物事を判断する。こういう時代だからこそ、私は「angry 50s」として、もっと過激になりたいのだ。
popが同級生だったならこう言ってやっただろう。「金があるだけで政治家になるな。そんなに頭良くないんだから。周りの人々にとって迷惑や。それでも、どうしてもやりたいなら、もうちょっと社会勉強しろ」canna音にも言いたいし、さて、野田はどうだろう?「大臣になって主張曲げるぐらいなら、最初から主張するなよ。単なる日和見じゃないか」とでも言うか。共通して言いたいのは、『己の器を知れ!』かな?
来年は経済的に諸外国は大変なことになるだろう。EU、中国、韓国、アメリカどこを取っても経済的にはお先真っ暗である。日本は今こそ島国と言う地の利を生かして、どことも付かず離れず、敵を作らず、わが道を行って欲しい。グローバリゼーション崩壊の日は近い。そうなれば、今度こそヨーロッパモダニズム(左→マルクス主義vs資本主義→グローバリズム)が全否定されて、意味不明な国連信仰や空虚なユートピア思想は消えてなくなってくれるだろう。めでたし、めでたし。
来年も夜露死苦!

2011年12月27日

仕事が楽しい!

ライブも終えて、心置きなく冬期講習会に邁進している。我が塾では限りなく100%授業と生徒の学力アップのためだけの業務に徹している。前の大手塾に勤めている時は本当にこうは行かなかった。会議の資料、人数や売上ノルマのための営業、広報計画作りやその実行(つまり、地元配布のチラシ作り)、まぁサラリーマンの常、半分は実は会社を成り立たせるための作業に費やしていた。それがイヤで会社を辞めた訳なので、今のように朝から晩までプリント作るか授業するだけと言う日々の何と楽しい事か!まさにkiss my ass!と叫びたくなる。これで生徒が増えてくれればホント申し分ないんだがなぁ!とにかく貧乏ヒマなしである。悪いか!
さて、昨夜見た映画がこれ。邦題もイカす「あなただけ今晩は」ビリー・ワイルダー・ジャック・レモン・シャーリー・マクレーン(バリバリ可愛い!)の黄金コンビのラブ・コメディ。「アパートの鍵貸します」も好きだが、こちらの方が私は気に入った。この裏町に生きる娼婦タチへの何とも温かい眼差し。「許されざる者」(Cイーストウッド)を思い出す。人生の深み、楽しさ、切なさ、どれもが詰まった傑作である。心を清められた。

2011年12月29日

カルト映画万歳!

相変わらずチョー忙しい。残るは年末特訓という受験生向けの特別講座のみ。一日5時間(!)授業で3,150円(!!!)。中3は英数2科、高3は英語のみ。これがなかなかハードだが、この時期になると、2~3時間など、アッちゅう間に終わってしまう。終わったら生徒たちと年越しソバ(ちゃんと注文する)を食って、来年の合格を期するという流れ。これでもう二十年以上やってきた。塾にとっては年末年始などあってなきが如しなので、気分的にもただの休み以上ではない。まぁ、今年もよく働いた。来年もバンバン働けるように、一杯生徒が来てくれる事を神様に祈って来よう。
さて、合間合間に読み切った本がこれ。カルト映画入門。私自身はホラー専門ではあるが、特に80年代のカルトムービーは結構見たな、という感じ。逆に0年代はほとんど知らない。とても楽しく読ませてもらったが、こんな映画ばっかり見てたらやっぱ偏るよなぁ。改めて見直したい映画だけはチェックしておこうと思う。

2011年12月31日

年末特訓;終了!

たった今年末特訓終了。毎年7時間連続授業だが、今年も疲れた。それでも教材・カリキュラムの質は徐々に毎年上がっているとは思うんだが、生徒のレベルも毎年変わるので、また来年検証しないといけない。とにかく、お疲れ様でした。
皆々様、来年も夜露死苦!

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