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2011年11月 アーカイブ

2011年11月02日

天使が戦争したら…

いよいよ来週から保護者面談会。またぞろ午前出勤が続く事になる。その事もあって、家でのDTM作業は毎夜4時までかかって、昨夜やっとだいたいの音作りが出来上がった。(現在はボーカルがないのでカラオケ状態だが)この一週間よく頑張った。
さて、そのおかげでTVを全く見なくなった間に橋下知事が辞任、大阪が熱い。私は京都人なので、まぁどっちかと言うとどうでも良いのだが、彼の「独裁者」発言等について一応感想を述べる。はっきり言って政治家は‘独裁’的決断者でなければ話にならない。特に今の日本の政治状況を考えると、「民意を考えて…」などと言っているヤツに限ってウラで利権を貪っているのである。特に橋下氏が辞めてからの感想を大阪市職員に聞くなど、インタビュアーの見識を疑う。99%反対論が返ってくるに決まっている。いまだマスコミの印象操作は終わらないのか。彼が教育現場での国歌国旗を義務付けた事も(一度、若いヤツと言い合ったことがあるが…)、如何に快挙であった事か、おそらく多くの声なき民は「当然やろ!」と思ったのではなかろうか。(最近もどっかの学校で竹島が日本領である歴史的根拠はあやしい、と教えていると言うのがネットで出ていた!どんな‘歴史的根拠’をデッチ上げたのか?)一般的には「事実が最も説得力があって強い」と思われているはずだが(だから日本人というのは優秀なんだが)、現実には大声を張り上げて何度でも言えば、無理でも通せると思っている(つまり、クレーマーの論理だな)ヤカラがあとを絶たない。だからこそ、国民は心の中で「許せる」独裁者を常に求めているのである。また、「民主主義」の旗を振りかざすのも要注意である。今の日本では民主主義の根本的な前提である、「中立且つ正確な情報開示」が全くなされていないからである。「集団的自衛権」に対する首相発言にも幻滅だし、TPP推進をいまだに言っているし。少なくとも、増税する前には選挙があるらしいからこれは何とかなるだろうか。(何度でも書くが、とにかく財務省と日銀でデフレを何とかするのが先決。それでもダメなら、公務員から官僚まで全員の給料カットしろ。それがイヤなら頭使って無駄使いやめろ。増税等と言う選択肢はないと思え!)おお、DTMやってる場合じゃないぞ!勉強、勉強!
ところで最近見た映画だが、期待した「エンジェル・ウォーズ」。映像は「レガシー」同様、なかなか凝っていて見飽きないんだが、この脳内イメージの中でまた、ドラマが…みたいな複雑な展開(そうそう、インセプションもそうだった!)はどうにかならないのか。私の禿げた頭(関係ないか)には難しい。もう一つ、暗い!最後には一応未来に向けてのオチが用意されてはいるのだが、何ともねぇ。

2011年11月04日

明治節の一日

昨日は文化の日。由来は日本国憲法の公布日(施行は5月3日;憲法記念日)。しかし、「なんで、憲法には公布日と施行日と二つも休日なの?」と言われそうなので、タネを明かすと、実は11月3日は「天皇誕生日」なのである。何天皇かって?明治天皇の、なのだ。天皇はまさに日本国の‘象徴’である。国家神道を廃した戦後における皇室への畏敬というか尊崇の感覚はまさに彼ら一族が我々の国家を象徴している存在から来る。そして、この制度としての「天皇制」こそが、世界に冠たる「日本人の公共心」、温厚で、天災にあっても暴動や略奪一つない、その行為自体が世界中の人々を感動させた、我々の振舞い方の秘密なのである。これは別に右翼的な妄想でも、イデオロギーに毒された妄言でもなんでもない。歴史から考えれば誰でも納得出来る事実である。敗戦時、GHQによって主権が剥奪された時に命を賭けて、あえてこの日に憲法を公布した時の為政者たちの想いが垣間見れるようではないか。ゆえに、私はこの‘明治節’という呼称を復活させたいと思うのだ。
さて、その明治節だが、塾では朝から講師研修会。約1時間の私の来年度案についての演説。その後、親睦会を兼ねたバーベキュー大会。もう、3~4回目を迎える。その後、pick up主催のlive鑑賞。Vox Hall、良い音するなぁ!演奏も皆素晴らしい。久しぶりに音楽に元気をもらった。帰ってからいつものようにDTM。入力した音を手直しを加えて、完成品に仕上げる段階。これを小一時間やった後、これも久しぶりの映画鑑賞。
ジャンルは当然ホラー。「アザーズ」。ニコール・キッドマン主演のこの幽霊映画、名作の呼び声が高い。何とも不気味な大邸宅に住む母子三人。子ども達は日光アレルギーという事で、常に邸内は光のない真っ暗闇の世界。開けたドアは必ず閉めてから次のドアを開けるという不可解なルール。戦争に行って帰ってこない主人。そこに妖しい雰囲気の三人の召使いタチが雇われようとやってくるのだが、新聞社に出した求人広告は実は新聞社に届いていないはず…。屋敷内に潜む誰か(アザーズ)の気配、謎が謎を呼び、驚愕のどんでん返しが!
終わった後に振り返ると、何とも‘切ない’。ウン、名作である。ちなみにニコール・キッドマンの演技が素晴らしい。

2011年11月05日

ある意味ギリシャが羨ましい!

TPPや増税問題など、まさに財務と通産官僚の思惑通りに政治が進んでいる。何度も書くが、TPPなど全くアメリカにしかメリットのないもの。(FTAも同じ。先日は韓国でも反対デモをやっていた。日本ではあまり報道されていないが)増税に至っては何を言っているのか、全く経済学的に分からない。馬鹿なのか、無知なのか、気でも違ったのか、と言ったような初歩的な認識間違いである。何度でも書くが、通貨発行権を握っている日本政府がデフォルトするなどあり得ないし、増税する必要性も全くない。そんなに政府に金がなくて困っているのなら、その責任は財務官僚と日銀に取らせれば良いじゃないか。例えば退職金カットするとか、ボーナスカットするとか。少なくとも、一般庶民は何もミスをしていない。どうして増税という選択肢を言うのか、意味が分からない。無茶苦茶である。貧しい国なら暴動やテロが起こっても不思議ではない問題だぞ、これって。
ところで、ユーロ危機はいよいよ大詰めに来つつあるが、当事者であるギリシャ国民は意外とアッケラカンとしている、と言うニュースを聞いて(つまり「国がどうなろうとオレたちの知ったこっちゃねぇ!」という感じ?)おお、ある意味凄い国民だなぁ、と思った。一方、日本では今日もネットでどういう訳か、K-popがアメリカでどうして受けるかを、解説していた。意味が分からない。お前、何人や?韓国人が書いているなら、当然普通に理解できるが、どうして日本人ってこうなんだろう。自分に自信がないのか、隠れたコンプレックス持ってるのか、やましい思惑があるのか、率直に金が動いているだけなのか?
経済学者ドラッカーは晩年、21世紀に最も貢献した国は「日本だ」と言ったらしい。私はその意味が分かる。これも何度でも書くが、我々が世界に対して、羨ましがるような国などない。なぜなら、世界中の人々が日本を羨ましがっているからだ。個人的な思いがあるなら、勝手にすれば良いが、歴史的・社会的・文化的に日本が模範にするような国などどこにもない。問題はその日本の良さの核心をつかんで、如何にそれを保持し続けるかにある。はっきり言う。どこにも、もっと良い未来などないのだ。今我々が目にしている現実こそが、bestなのである。そしてそれが分からないのは、ひとえに歴史の知識がないからなのだ。だから、勉強しろ、と私は言うのである。自分の身を自分で守るように、自分の精神も自分で守らなければいけない。それが「マインド・ゲリラ」(プライベート名刺に載せている私の肩書き)の謂いである。
ところで、先日見た映画は何とこれ!実はミュージカルが嫌いではない。オリビア・ニュートン・ジョン(今も現役。ライブDVDも持ってる)!トラブルタ、若くて格好良い!バリバリ痩せてる。映画的にどうかと言われると、まぁ、好みが分かれるんだろうが、僕は正直好きだ。所謂ご機嫌な映画。それにしても、アメリカの高校生って、発育良いねぇ!

2011年11月06日

西欧の没落その1

ユーロ崩壊が徐々に現実味を帯び始めている。ギリシャの財政破綻は次にイタリアに飛び火。これが爆発したらユーロはもろくも瓦解するだろう。この問題の核心は一体何か?財政政策と金融政策を分離させると言う、やはり大学一回生にでも分かる無茶苦茶な経済政策をEUが選び取った所に端を発する訳だが、その淵源は私にはもうちょっと違う風に見える。それはアングロサクソン流の経済思考(貨幣が人間つまり実体経済を離れて操作可能であるという考え方)の終焉と思っている。そしてそれはマルクス経済学の根本的な破産宣告でもあるし、西欧が夢と見た近代モダニズムの実質的な終焉をも意味する。つまり、我々人類は決して共産主義社会等には進化しないし、資本主義という思想自体がただのヨーロッパ人の妄想に過ぎなかったという事なのである。
それでは、一体現実はどうなのか?経済も教育同様、個々の社会体制や文化と切り離して語る事は出来ないものだという事、そして、「国家」という枠組みを越えた「人類」等と言うありもしない幻想を捨てる時だ、という事。(国連機関の思想的起源はカントに由来する)
かたや、我が祖国では時代遅れのアメリカの政治戦術に嵌って、TPP参加交渉に入ろうとしている。経済の自由化自体が地球の反対側では既に破綻しかけているというのに!今からそれに乗り遅れるな、だって?正気か?滝つぼに落ちるのが分かっていて川下りするほど、馬鹿げている!政治家ならば、もうちょっと勉強しろよ!
いやいや、これは先走り過ぎた。かつてソ連が崩壊した時、あるいはアメリカのリーマンショックにおいて、これらは既に既成の事実だったはずだが、あまりそういう枠組みでこれらの事実を語った人はいなかった。ああ、頭が爆発しそうだ!また、毛が抜ける!

2011年11月07日

領海侵犯という事件

昨夜TVのニュース番組を見ていたら、かの尖閣事件からほぼ一年が経ったとの事。その上、性懲りもなく中国漁船が今度は長崎五島列島沖で領海侵犯による現行犯逮捕されたと速報。以前から書いているように日本は既に領土(竹島・北方領土・尖閣)・国民(北朝鮮拉致事件)・主権(TPP交渉のウラには絶対普天間問題がある!)がすべて犯され、既にして近代国家の定義では独立国ではないのだが、それにしてもと思う。一体皆何を考えているんだろう。そして最も驚いた事はネットでは昨夜の五島列島沖の領海侵犯事件を探さないと確かめられなかった事。代わりに、どっかの誰かが死んだとか事故があったとか、はっきり言って全くどうでも良い事ばかりを報道し続けている。脳味噌ふやけてるんじゃなかろうか。
戦後日本が過去の歴史から断絶しているという突然の思い付きを土曜日にして以来、何とも暗い気分が続いている。世界が陰謀にまみれ、実際京都や大阪の市職員の犯罪は一般人の軽犯罪とは質を異にするものばかり(覚せい剤や恐喝めいたものなど)。理由は分かる人には分かるというレベルだが、そういう記事を見ると、日本侵略計画は相当レベルまで進んでいると考えるべきだが、現政府は(前政府もそうだが)基本的に国民の生活の安全を全く守ってくれてはいない。誰かが損をする時には必ず誰かが得をする。日本の首相が集団的自衛権を行使しないと言えば、どっかの国(わかるでしょ?)は、「馬鹿な国だ、もっと侵略してやれ」とほくそ笑む。国家が解体する現場に我々は今立ち会っているのか?それで、未来の子どもたちに一体何を伝えると言うのか?属国に慣れろとでも教えるのか?日本の繁栄を呪えとでも教えるのか(実際今でもどこかの公立学校ではそう教えているのだろう、我々が知らないだけで!)。私には地球がどうなろうと、原発がどうなろうとどうでも良い、まず真っ先にこの事をこそ課題化すべきだと思うのだが。
最近読んでいるのがこれ。様々な分野で活躍している女性陣と渡部昇一が対談をしているのだが、これを読むと国会議員たちはこぞって、憲法改正を口にしている。つまり、問題の核心を見抜いているのである。にもかかわらず今の政治情勢は…。渡部昇一も語っているように、イギリス労働党がサッチャーを擁立して国家を奇跡的に復活に持ち込んだように、日本にも奇跡の(政治的)復活はあるのだろうか?

2011年11月08日

火天の城

一昨夜、「火天の城」を見た。安土城築城に当たった宮大工を主人公にした映画だが、信長周辺の当時の雰囲気がよく分かる。主人公の宮大工が日本一のヒノキを探しに飛騨という敵大名の領土に乗り込むシーンがある。当然敵方はバックに信長がいる事を考え、殺すまでは行かないまでも刀を抜いて脅すんだが、西田敏行(実に芸達者!)が相手方のお殿様の前で演説をぶち、これがとにかくカッコ良い。命を引き換えにしてでも、ヒノキをくれというのだが、それを見ていて結局日本人の凄さ(そして、中国人や韓国人が最も恐れている点でもある)は、自分のこだわり、誇りのためなら「死んでも良い」という覚悟を持っている所なのだとつくづく感じた。仕事の上下貴賎を問わず、当時の人々は命懸けであり、あるいは命懸けのヤツに敬意を表する文化を持っていた。女性たちも旦那を支えるのに命懸け。そういう覚悟がおそらく国中に満ち溢れていた時代なのだ。そして、信長の凄い所は、自身が命懸けであると同時に、同じように命を張って生きる人々に敬意を払っている所、ここがその他大勢の大名たち(彼らは結局身分関係に縛られた考え方を捨てられない)と根本的に違っていたのである。
翻って現代と言う時代をやはり憂えずにいられない。私のような一介の塾経営者ですら起業前にはリスケのマニュアル本を買い込んで、如何に倒産を回避すれば良いかをノートし、鹿児島の知覧までわざわざ一人旅をして(特攻隊の空軍基地のあった所)命を賭ける覚悟を自分に言い聞かせてから開業に踏み切ったのである。役職を解かれた途端お遍路したり、辞めると一旦言いながらそれを撤回するような政治家を見ていると、いっそ暗殺されてみろ!と言いたくなる。休みたくなったら死ね、というのは海援隊の母に捧げるバラードの一節である。当時、ヤングオーオーに初めて海援隊が出てきて何だか、胡散臭いフォークバンドだなぁと思って(何しろ武田鉄也のロンゲ!)ざわついていた客たちがあの曲を聞いて泣きながら喝采を送ったのは、私の幼少時。そう、まだ日本には戦争生き残りたちが多くいてその文化を私より上世代は間違いなく継承しているはずなんだが、一体いつから日本人は斯くも腑抜けになってしまったんだろう。自民党にクビにされた田母神氏がまだ空幕長時代、あるアメリカ人と折衝し、彼の気迫に後ずさったと言われている。それは明治当初、西欧人たちが「Samurai」を恐れ、敬ったのと同じだし、今でもドイツ空軍は先の大戦の特攻隊のビデオを見て「日本とだけは戦争したくない」と言ったとの事。これ皆、ある一つの‘文化’を表現してはいないだろうか?
一体どこでこの歴史は途切れたのだろうか?それとも、まだ我々の底流には連綿と息づいているのだろうか?私は日本人以上でも日本人以下でもない。誰からそれを良しと教わった訳でもない。でも、きっと私の父もこのように生きてきたんだろうし、祖父もそうしてきたんだろうと言う事は何となく分かる。
「火天の城」お勧めである。時空を越えて、日本人の偉大さに思いを馳せるにはとっても良い素材だと思う。
ちなみに安土城築城時の信長は47歳、その2年後に本能寺の変が起こり彼は五十歳を待たずに世を去る。まさに人間五十年。私は彼の年齢をも超えちゃった!(ついでに言うと桶狭間は信長二十七歳の事件!)

2011年11月10日

珍しく教育論の心境です

保護者面談会の真っ最中。朝から結構ヘビーな話があったりなかったり、ほぼメシを食う暇がない状態が続く。ウチの塾は規模は小さいものの、一人ひとりへの意識の集中度を私の中で最大限に上げて対応をしている。そして一人一人の弱点や傾向、数字に出ない学力レベルを完全に自分の頭の中に再現した上で、学習あるいは進路のアドバイスをするという、まるで心理捜査官が犯人の思考を追体験して事件の全貌を明らかにする…ような相当な頭脳プレイをする事になる。まぁ、必然的に多くの生徒数は賄えないと言う事になる。疲れるし。
以前にも書いた事だが、私の教育論のポイントは2つ。①如何に本人にも無自覚な学習能力を引き出し、学力を引き上げられるか。②どれだけ自分の頭の使い方を学生時代に教えられるか、これである。
授業中にはこのブログ同様、TPP問題から増税問題、金融危機、タバコ問題、人生論、古典文学論、音楽論、ありとあらゆる問題を取り上げて、生徒に考えさせる。特に今は学校で教えられている事に私があまり信用を置いていないので、二言目には「自分の頭と常識感覚(つまり、コモンセンスだな)を信じろ!他人の情報を疑ってかかれ!大人や先生にコビを売るな!」とそれこそ何十年も言い続けてきた。我々は家族、親しい人々、祖国を同心円状に愛し、(私には‘世界人類’という言葉はない)自分の努力がいつか、自覚的に一国民の努力と等しい時がやってくる事を祈るばかりである。今回も何人かの親から「ウチの子が先生に会えた縁、運命をありがたく思う」みたいな言葉をかけて頂いた。そういう時の私は私であって私ではない。私の返答は決まっている。「お母さん、私に対して感謝は不要です。私も彼(彼女)に出会えた運命をありがたく思っているんです。関係は一方通行では作れません。二人いて初めて生まれるものなのです」
51歳の今でも世界は好奇心に満ち溢れている。こんなに楽しい日々が送れるとは想像もしていなかった。男の五十代というのはもしかしたら、人間的には一番油の乗る時期なのかもしれない。ああ、もうちょっとこの体、せめて十年くらいは保ってくれ!「生きる」って本当にスリリングだ。そして、このスリルをこそ私は生徒たちに教えたい!

2011年11月12日

保守主義的思考術

保護者面談で寸断された時間の合間を縫って読んでいるのがこれ。海外の保守思想の源流を辿りつつ、その思想的核心に迫る内容。最初はどうかと思っていたが読むと結構面白い。如何に戦後日本が極左からスタートした異常国家であるかがよく分かる。思うに「保守」とは「今が一番良い」と考える思想に帰着する。そして、今が良いんだからどうすればその良さを社会環境の変化に対応して、長持ちさせられるかを考える。革新とは「これからドンドン良くなる(つまり、進歩する)」と考える。ドンドン良くなるんだから、言い換えると今が一番悪い、そして、早く未来が来れば良いと考える。そこから、保守主義者は歴史や伝統を重んじる。革新主義者はそれらを軽んじる。保守主義者にはその考え方が危なっかしくってしょうがないように見える(だって、未来が良くなる保証などどこにもない!)が、革新主義者には保守主義はまさに頑固に悪弊を守っているだけにしか見えない。
本来、この二つの思想はおそらく補完し合いながら発展する(個人の中にも両面がある)はずのものだが、戦後日本は綺麗さっぱり保守的思考を捨ててしまった。現在、日本に保守政党はない。「立ち上がれ日本」ぐらいか。しかし、国民レベルでは脈々と保守主義が生き残っているその現場状況と、政界において完全に左に振り切ってしまった政治情勢(また、それをフォローするマスコミ・官僚・法曹界など)との矛盾こそが現代日本の正体なのである。
何度も書くが、私は中国や韓国にどうして日本国民の草の根レベルでもこんなに甘い国なのか、分からない。保守主義者はバランスを重んじるが、革新派は粛清を図る。非常に根っこの部分で相容れないものである。中国と分かり合える訳などないではないか?また、韓国は日本の領土を実効支配している。ロシア(北方領土)北朝鮮(拉致)と同罪の国ではないか?
この一事を考えても、戦後日本に「保守政党」などなかった事が分かるし、保守主義が政界においては根絶やしにされつつあるという感覚を持つ。もう少しで読み切れるので、頭を整理しようと思うが、実は読んでいると凄く癒される。「ああ、同じ考えをしている人がここにもいたんだ!」という安堵感。彼が、外国の、時代も異なる人々であろうと、それゆえに一層安心する。
さて、未来において、私はやはり粛清されるのだろうか?それとも、一定の左右のバランスの取れた健全な国家に戻れるのであろうか?結局TPP参加が表明された。「日本の農業を守る」と首相は言ったらしいが、結局はちっとも本気じゃない事ぐらい誰でも知っている。何故なら、以前にも書いたように守る事には必ず(守るために)戦うという局面がやって来る(あるいは想定される)ものだが、彼は何も賭けてはいないし、戦う覚悟など鼻から持ち合わせてはいないだろうからである。守れなくったって言い訳するだけだろう、popやcanna音のように。それこそが革新派の核心だからだ。

2011年11月17日

教養主義的思考

保護者面談の最後の山場の日。合間に時間を割いてレコーディング(つまり、CD作り;カッコ良い!)そのまた合間に読書。まぁ、結構ハードな日々である。何とか年内にはCD完成出来るかな?皆さん、買って下さいね!値段は200円~です。
さて、読書の方はお気に入りの三橋氏の最新作の一つ。「国民の教養」。数字的な裏付けや、一定の歴史知識があるので、安心してストレスなく読める数少ない作者の一人である。所謂「情報の歪み」(つまり、マスコミの偏向・捏造・反日報道)によって、日本の現状に対する認識は人によって全く異なっているだろう。私は何度も主張しているように現時点でも世界で日本ほど住みやすく、国民が豊かで教養に溢れ、経済的にも安定している国は他にない、だから今の日本の富をしっかり維持するためにどうすれば良いのか知恵を絞るべきで(これが‘保守主義’)グローバリゼーションが素晴らしい等、全くの幻想にしか過ぎないという立場である。グローバリゼーションの本場、アメリカはドル下落でも分かるように国家体制として日本の模範とはなり得ないし、ユーロ諸国の惨状はアメリカ以上である。また、国境を取り払うという過激な施策がちょっと前にノルウェーで起こった大量無差別殺人を引き起こしている現状から外国人にこれ以上門戸を開くのはリスクが高すぎる。我々が考えている以上に日本はレベルの高い国なのであり、そのレベル維持こそが難題なのだ、と考えている。誰かのように、「開国」とか「乗り遅れる」とか全く何を根拠にそんな言葉が発せられるのか、分からない。とにかく勉強して「自国」をもっと客観的に見ろ、ついでに、自分を客観的に見ろ。そのネタは自分の外にはないぞ!というのが私の意見である。
まぁ、それでも人はそれぞれである。犯罪に走ったり、自殺を図ったり、反日を訴えたり、まさにそれこそが個人の自由である。そう、自由とはたいていは成功する自由であるよりも失敗する自由である場合の方が多い。
歴史を重んじる者は自由を尊ぶ。保守主義者が教養主義や自由主義と通じるのはそのためでもある。共産主義とは結局全体主義(ファシズム)であり、反=自由主義である。中国が戦前日本非難を声高に叫べば叫ぶほど、太平洋戦争の大義(民主主義国vs全体主義)は既に間違っていた事の証明となる。日本にとって先の大戦はイデオロギー戦ではなく、大きくは反=帝国主義戦、人種差別反対戦であった。さて、問題の核心まではほんのあと一歩である。勉強、勉強。

2011年11月21日

謎の本能寺

実を言うと先週一週間も映画は結構二日に一本ペースで見ていたのだが、なかなかブログを書くヒマがなくって週が明けてしまった。
そして先週没頭して読んだ本がこれ。明智光秀の子孫が書いた「本能寺の変;四二七年目の真実」。実は本能寺の変と言うのは、歴史上謎に包まれた事件である。特に色々信長周辺を勉強していくと、怨恨で主君を殺すリスクを一体どうして覚悟したのか、よく分からない。そんなに光秀は馬鹿なのか?それにしても彼は秀吉と並ぶ名君である。その上、如何に武田氏滅亡後とは言え、信長の本能寺行きが無防備すぎる。一般的には‘その油断が命取りになった’と言われているのだが、これがどうもウソっぽい。また、秀吉の中国大返しも事実だから否定しようがないものの、あまりにも出来すぎている。などなど。これらいくつも絡まる謎の糸を子孫憲三郎氏が汚名を晴らすべく真相を推理していくというまさに歴史推理物の極致。目から鱗が三枚ぐらい落ちる。
今日読み終わった所なので、未だその衝撃が大きくってその意味する所を言語化するまでは至っていないが、何とも恐ろしい展開である。こういった本(大胆な推理と謎の解明;例えば井沢の逆説の日本史などもそうだが)を読むと、日本の歴史学ってつまらないよなぁ。市井の歴史研究家の本の方が圧倒的に面白くって、ためになる。その上、多くの歴史学者よりもおそらく真実に迫っている(ように思える。推理に論理破綻がほとんどない。証拠がないために、やや飛躍したのように思える部分はあるものの、おおむね妥当な判断の連続だった)とにかく、歴史好きなら一度読んでもらいたい。驚愕の真実をあなたはどう受け止めるか?

2011年11月22日

驚愕の苺パンツ!

昨日の本能寺の謎を早速中3、高3、ついでに奥さんにも言いふらしている。おおむね反応は宜しい。歴史の勉強ではたった一行「本能寺の変で織田信長は家臣の明智光秀によって殺された」だけだが、そのウラに如何に多くのドラマと人々の想いがあるのかを伝えたい。まさに命懸けの政治的駆け引きとはこういうのを言うんだという見本のような話。生徒達からはウ~ン、とかイヤーとか声が漏れていた。これが「歴史」だ!思い知ったか!ざまあみろ!(ちなみに苺パンツというのは、1582年本能寺の変の年代の語呂合わせ)
さて、昨夜見たのは久しぶりのB級ホラー「リーカー~地獄のモーテル」切株描写ではなかなか頑張っているので、結構面白いかなぁと思いつつも途中はダレダレ。いつものように早送りした。全体的にはもうちょっとテンポが良ければ面白くなると思う。最後のドンデン返しは悪くない。ちょっと、難しいけどね。それから殺人鬼(原題のreekerと言うのは「臭いヤツ」って感じ?)が、まぁ設定的には止むを得ないにせよ、全体像が見えにくいのが何とも歯痒い所だ。既に続編も出ているんだが、まぁ見るだろうなぁ。

2011年11月23日

死霊のえじき

塾経営と言うのは結構孤独で、家族・スタッフ・生徒・保護者と話す以外にはほとんど誰とも話さない時がままある。下手するとそれで一ヶ月や二ヶ月平気で過ぎてしまう。最近友人と立て続けに話す機会があり、ちょっぴり外の世界を垣間見た、って感じ。昔若かった頃と変わった事と言えば…そうだなぁ、とにかく人生を肯定的に生きている人がドンドン減っているんだろうなぁという感じ。
私にとって仕事の核心は私の教育理念(こだわり)であって、お金儲けではない。生き残れなければお話にならないからアクセク働いているが、別にそれだけ。他人に相談もしないし、こぼすべき愚痴もない。体の8割は仕事しているが、頭の6割は一般的なモノサシでは趣味の事を考えている。音楽・歴史・映画・小説。それもドンドン自作・自己表現の醍醐味の方に傾いてきて、時間が許すならはっきり言って一日中でもDTMに耽ったり、本書いたりしたくってしょうがない。友人がかつて教えてくれたベリエ・ド・リラダン(フランスの幻想文学作家)の言葉に「生活など召使に任せておけ!」という言葉があり、私はとっても好きなんだが、如何せん、私は貴族ではないので結婚記念日(良い夫婦の日;11月22日;それも私が忘れないように、この日に婚姻届を出した!)を忘れると、寝室から鉄拳が飛んでくるのである。(その上、娘はポケモンに嵌っていて、口癖にしているのが「子どもね!」これが結構ムカつく。大きなお世話や!と言いたくなる)まぁ、人並みには幸せなんだろうから、良いか。
さて、別段、ゾンビ物が好きな訳ではないのだが、このご時世、とにかく物凄い数のリビングデッドがいる。まぁ、一種のオカルトと考えれば欧米で受ける理由は分からなくもないが、どうして日本でも?と首を傾げたくなる作品も多々ある。先週見たのが、「死霊のえじき」ロメロ・ゾンビ物の三部作の最終作であると同時にデイ・オブ・ザ・デッドでリメイクまでされた。相変わらずトム・サビーニの特殊メイクは冴えているし、ストーリー的にも面白い。主演の女優さんがイマイチ、セクシーじゃないのが玉に傷だが、もちろん平均以上の作品ではある。ホラーオタクとしてはやはりはずせないか。

2011年11月25日

ハイエナの女王!

そろそろ受験生たちの志望校決定が大詰めを迎え、これでも一応塾の先生なので人並みには忙しい。
最近飲みに行った方が私に向かって「中野君、キミはユートピアを信じていないだろう」と一言。当然、信じていない。人間はユートピアを求めて前世紀だけでも一億人もの人々を虐殺してきた歴史を持つ。カール・ポッパーではないが全体主義(共産主義・ナチズム・ファシズム)こそが、人類最悪の思想である。皆がちょっぴり我慢し、ちょっぴり楽しみ、ちょっぴり自由である社会。我々が人類である限り、ユートピア思想と言うのは使い道の分からない劇薬と同じなのである。そしてそのために既に一億人もの犠牲を払っている。まだ、足りないとでも言うのだろうか?遅れてきた左翼の人々に訴えたい。「良い大人なんだから、我慢しろよ!」自分が正しいと信じるがゆえに彼らは異教徒を‘粛清’する事を恥じない。正しいと信じるがゆえに歴史を捏造し、あるいは隠蔽し、暴力に訴える事を恥じない。‘世の中には色々な人がいる’という当たり前の事実が彼らには許せないのだ。しかし、客観的・冷静に考えた時、一体どちらが社会にとって悪を撒き散らしているのだろうか?口で「反軍国主義」を唱えるヤツこそが、一番軍国主義的思想に近いと言う皮肉に気付いていないのは、全く本人だけなのである。私は粛清されるのがイヤなので、言い続けるぞ!
ところで、昨日見たのが「クィーン・ビースト」というB~C級モンスター・ホラー。狼人間ならぬハイエナ人間という無理矢理な設定。女性が変身する時だけはお決まりのヌード(でも、肝心なものは見えない)。イマイチ緊張感のないストーリー展開。切株描写も普通。これぞ、C級!と言った映画。当然、私は早送りで見た。当然、好きな人にしか勧めない。

2011年11月28日

時よ、止まれ!

橋下氏圧勝で終わった大阪の選挙。さあ、これからの日本の政治状況を占う上で私は大きなポイントだったと思うが、どうだろう。まず何より、既成政党の凋落ぶりはおそらく人々の予想以上に激しい。特に地盤や看板を持たない地方政党が結集して二大政党の支持者を倒した意味は、相当に大きい。私は現与党など鼻から話にならないと常々書いているが、保守派にとっての悲劇はまさにこんな政治的危機状態にあって本来なら勢力を盛り返すべき自民党が与党以上にヒドイ状態にあるという事なのである。露出が少ないから問題にあまりならないが、現総裁の発言って一体どこ見てるね!と野次りたくなる。そして、そういう政争しか出来ない政治家に皆そっぽを向きだしたのである。だって、政治家こそは正真正銘、国民と国家のために奉仕する仕事なんだから。金操って権力闘争するヤツに我々の生活預けられる訳ないでしょ?誰が主人なのか、ここいらではっきりさせるべきなのだ。
橋下氏の「独裁者」発言は彼も言っているように、反対勢力の知的貧困をあぶりだす為に発せられた挑発的な文言である。「独裁」という言葉には過敏に反応するクセに隣の独裁国家にはコビを売る「遅れてきた左翼」たちこそさっさと退場するべきなのだ。日本は民主主義国家である。今も昔もそうだ。ただ、それは政治システム上の権限を制限するものでは決してない!また、「権力」と言う語も同じ。権力を嫌う(フリ)をするヤツに限って、権力に憧れる(所謂、粛清の論理というヤツだ)これで少しは社会科学的に真っ当な国家に向かうだろうか?そうなる事を切に願う。
さて、昨日見たのはイギリスのロマンチックラブコメディ「フローズンタイム」失恋の痛手のせいで時を止める超能力を手にしたダメな美大生の話、で通じる?ただ、とにかく映像が綺麗。主人公が女性の肉体美に抱く憧れ(決して、イヤらしい意味だけでないのが、実は私も共感する)もよく分かるし、芸術肌の主人公、それを取り巻く何ともハチャメチャな人物群像が楽しい。「女には勝てないよな~」と心底感じ、思っている男は多いとは思うが、皮肉ではなく、素直に女の持つ‘女性性’への賛歌として、いい作品だと思う。お勧め。

2011年11月30日

もしも、吸血鬼が美女だったら…

時期が時期だけに微妙に忙しい。多くの保護者と話していて感じるのは、とにかく‘二極化’の進行。もはやそれを止める事は出来ないだろう。私は「ゆとり教育」を、十代の少年少女の大脳生理学的な発達に逆行する大罪だと断じるが、ゆとり教育の終焉と言う時代に着いていけない人々が大量発生するのではないか、と危惧する。他人事のような言い方で恐縮だが、さて、我々のような弱小塾にとっては受難の時代になるんだろうなぁ、と感じる。
ところで、昨夜見たのが、「スペースバンパイア」というSFホラー。監督トビー・フーパー入魂のB級大作である。見所は何と言ってもマチルダ・メイのヌード。このバンパイア・エイリアン、終始全裸で登場すると言うなかなかサービス精神旺盛なヤツ(男のエイリアンも裸!)で、襲ってるの見ても、襲われてると言うよりも逆ナンパ状態。マチルダ・メイの美しい肢体、ナイスバディでは、抵抗する方がおかしい。一歩間違うとコメディになってしまいそうな所をギリギリ真面目にホラーにしている所が、B級の所以である。名作と言う訳ではないが、1000円廉価版なので、一応お勧めできるかな?

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