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2011年09月 アーカイブ

2011年09月01日

ブラックダリア!

徐々に生活も秋色に染まりつつある。ただ夜は蒸し暑いなぁ。昨夜は「ブラックダリア」を見た。エルロイの小説の映画化だが、私は結構好きだ。ブラックダリア…1947年のハリウッドで見つかった若い女性の惨殺死体。これが世界で最も有名な死体と言われるもの。全裸で腰から体が真っ二つに切られていた。内臓と血が抜き取られていた。何ともおぞましい死体。そして、事件は迷宮入りに。私自身は大学時代かに「ハリウッドバビロン」で初めて知り、驚愕した。デ・パルマが当時の雰囲気を再現、戦後好景気に沸くハリウッドの退廃と同性愛への偏見、成金と異常性愛者など、余す所なく描き出しているのだが、評論家からは結構厳しい評価。カスタマーズレビューでも評価はあまり高くないのだが、私は惹きつけられた。凄いじゃん!お勧めである。まさにアメリカの闇の部分。さしずめ日本では阿部定とか津山三十人殺しみたいな猟奇殺人の極致だ。本も読みたくなった。

2011年09月05日

襲撃者の夜;映画版!

土曜日に結構過激なブログを書いたらどういう訳か、HPがクラッシュして見れない。嗚呼、これも神様の思し召しか。
仕事では徐々に前期期末テストが近づいてきて生徒も段々緊張してきている。夏の成果があったりなかったり、この秋はさて、どんなドラマが待っているんだろう。
私生活では台風のおかげで昨日はゆっくり静養。年内一杯色々と自分なりの目標を立てて、ワンランクアップを図って行きたいと考えている。テーマは‘音楽’と‘ダイエット’。
過激な内容というのは当然、政治絡み。新内閣発足したが何とも相変わらずの頓珍漢。例えば、震災復興財源ってとにかく急を要するはずなのに、どうして増税(確定してから請求、入金されるまで相当にタイムラグがあるはず)で賄おうとするのか?普通は臨時の国債発行に踏み切るべきだろう。そうでなくてもデフレ不況の真っ最中なのだ。そして、またぞろTPP問題が浮上してきた。もうちょっと、みんな勉強しろよ!TPPは農業だけの問題では済まない。日本社会全体が少なからず影響を、それも良からぬ影響を受ける。小泉内閣時に市場原理主義の責で地方が壊滅的に疲弊したにも拘らずどうして、同様のグローバリゼーションに賛成しようとするのか、良識を疑う。TVでは相変わらず、理由も語らず「市場開放が必要」というバカの一つ覚えでTPP推進を後押ししている。日本は今でも市場は平均以上に開放されていて関税も決して高くないと言う事をどうして言わないのだろう。ちょっとは本を読んで、そのリスクとメリットを天秤にかける程度の知的水準で報道しろよ。はっきり言ってこれ参加したら日本社会は壊滅的な打撃を受けるよ。誰が責任取るの?
先週見た映画がこれ。鬼畜系作家ケッチャムの同名小説の映画化。カスタマーズレビューでは案の定、ケチョンケチョンに貶されていたが、私にとっては面白かった。まず切株描写で頑張っている。それだけ。ただ、難点はおそらく小説を読んでいない人には全然意味がよく分からない可能性がある(結構、致命的!)という事。脚本もケッチャムが書いたらしいからストーリーはしっかり追いかけられていてまぁあんまり考えずに見ると良いB級映画っていうレベルかな?それにしても日本語副題が「食人族fainal!」なんで、デオダート調なんだ?キワモノ系で売ろうとした配給会社の意図が見え見えだが、どうだろうねぇ?

2011年09月06日

インセプション;米版サイコダイバー!

TVを見ていたら東北の地震で生き残った女の子が自分が生き残った事に後ろめたさを感じると言っていた(親友が死んだらしい)。「生きる」とは‘原罪’を背負って生きるという事なのか。そう言うと、夏目漱石の中にもある罪の意識も同様、初恋の人の死と自分だけ生き残った感覚が元だった。敗戦後、国民全体を覆ったこの原罪意識が国民を二分したのではないか。耐えて沈黙した者と、耐えられずに責任を国家(政府)に転嫁した者と。これが‘反日’の起源ではなかろうか。
さて、昨夜見た映画がこれ。「インセプション」。他人の夢の中に入り込んで、その人のアイデアを盗むという、何だかサイコダイバーシリーズのような粗筋。驚異の映像技術で一体どうして撮ったのか、全く分からない。(「告白」のラストみたいな…)内容の密度がとにかく濃くって、真剣に集中してみていないと、夢の中の夢の中の夢だったか、そのまた夢だったか、頭がコンニャク状態になってしまう。まぁ、しかし凄い映画だ。デカプリオも良い男(相変わらず童顔だが)になってきたし、渡辺謙の存在感も凄い、の一言である。いつもB級ばっかり見ているので、久しぶりのA級品に勘狂う。おかげで今日は寝不足である。

2011年09月07日

基本的人権はどうなった?

昨日TVを見ていたらまたまたタバコが値上げする可能性があると!なんじゃそれは?TVのニュース番組では相変わらず意味不明な町のインタビューしたり、何だかんだ。何度も書くが、このタバコ増税問題の背景にある「禁煙ファシズム」を誰も指摘しない。つまり、タバコを吸う、吸わないの判断は個人の嗜好に関わる事であり、それは憲法において基本的人権の尊重として守られるべき事じゃないのか、と言いたいのだ。馬鹿な大臣が「国民の健康増進のため…」とか言っていたが、全く大きなお世話である。自分の主張が正しいと信じて疑わないヤツをファシストというのである。「タバコの煙は害を与える…」というヤツがいるが、それなら車(エコカーなんて名前だけだって誰でも知っているだろう!)の税金を倍取れよ。どう考えてもその排気ガスの臭い・健康被害など一人が吸うタバコの比ではないだろう。また、健康被害という点でなら酒の税金を先に上げるべきだろう。私に言わせればこれらすべて単なる「(喫煙者への)社会的いじめ」でしかないという事なのだ。「健康」とか「環境」とか「地球のため」とか言うヤツを信じるな。絶対、ウラで利権(つまりお金)が動いている。本当にそういう事を考えているヤツは声高には主張せずに行動しているものだ。
さて、昨夜見たのがこれ。「ミッシング44」予想通りのC級映画だった。そのスジでは有名な愛葉るびとかが出ているんだが、まぁ、知らないかな?内容は…語るほどでもない。典型的な「ジャケット負け」映画だった。

2011年09月10日

オマドーン!

最近は色々な事があって、微妙に多忙な日々である。緊張の模試結果が本日返ってきてさぁ、今年も新たなドラマの予感である。本当に我々に教務力があるのか、どうか。大きな正念場を迎える。時節柄、様々な学校の入試説明会にお邪魔しているんだが、これが結構勉強になる。特にウチのようにほとんど中高一貫でやっている塾にとっては、非常に貴重な情報を聞ける。(ほとんどの塾にとってはあまり役に立たないかもしれないが)
さて、夏休みに予約していたマイク・オールドフィールドの初期三部作のラストを飾る「オマドーン」がやっと届いて昨日はゆっくりrock on the rockin' chairのひと時を送った。(つまり、そんなに忙しくない)もう数十年ぶりの再会っていう感じ。最後の「horse song」に思わず涙を流してしまった。曰く「私は宇宙を飛んでいくよりもあなたのそばが良い」ウ~ん。私の思想形成上にもとても大きな意味のある歌詞。私はこの詩に感銘を受けて決定的に左翼から決別した。歴史の法則も社会的正義も形而上学的真理も、すべて自分の生活と安寧あってのもの。我々は地球(環境)のためにも、まして太陽のためにも、人類の未来ためにも生きてはいない。今日一日を精一杯あくせく生きて、その延長線上にこそ未来がある。何枚名刺を集めても生涯付き合って分かり合えるのは多くて五人までだろう。人の一生などそういうレベルなのであり、その足元すら覚束ないヤカラが友達の数を競争するのである。そういう意味でこれこそ、私の人生を変えた一枚なのかもしれない。名作だ。
ところで、こう見えても私は茶畑オーナー。娘の名前のブランド茶を作っているんだが、明日は「お茶摘み」という事で、バイクでひとっ走り奈良まで行ってくる。

2011年09月12日

女ゾンビのハーレム!

昨日は「茶摘み」に行ってきて茶会に参加。帰りは温泉入ってゆっくり汗を流すというなかなか極上の休日であった。何事も奥の深い、「道」の世界を垣間見て私は呆れるばかり。如何に自分の世界がちっぽけで薄っぺらい物かをつくづく感じた。何人かお配りしている中野ブランドのお茶をこんな風に飲んで頂ければ、素晴らしいだろうなぁと、思いながら飲んでいた。お茶会って、良いねぇ。秀吉や信長が主催したがった気持ちも分かる。
さて、最近見た映画がこれ。「ゾンビハーレム」イギリス発、B級ホラーなんだが、これが実に面白い。笑けるっていうのもあるし、ハラハラドキドキもありつつも、男の悲しくも可笑しい性だったり、とにかく見ていて興奮した。まさに「オトコってバカな生き物だなぁ」でも、なんと爽快なラストなんだろう。イギリスのゾンビ物は「28日後…」にしても出来が良い、侮れないぞ!

2011年09月15日

嗚呼、ローズマリー!

毎朝の入試説明会に最近は疲れ気味である。なかなか休む時間がない。だが、寝る時間は早くはならないため、必然的に睡眠時間だけが減る毎日。
にもかかわらず昨日見た映画がこれ。ホラーマニアックというシリーズの一作。面白そうなので、購入したのだが、典型的なスラッシャームービー。特殊メイクはトム・サビーニというゾンビの人。なかなか切株描写は頑張っている。ストーリー的にはやや破綻寸前という風ではあるのだが、全体的にはよく出来ていると思われる。お勧めである。
明朝はやっと用事がないので、今夜はゆっくり本でも読もうか。
ちなみにとうとう、フェイスブックを始めた。まだ、要領がよく分かっていないのだが、SNSは原則実名であるべきだ、ろいうのが持論なので、mixiよりもこっちの方が僕はあっているかもしれないな。

2011年09月16日

今は…ちっとも大変じゃないよ!

最近、TVや新聞以外にも本が何となくつまらなくなってきて、その上どうも老眼気味。コンタクトを付けたまま文庫を読むと、目が痛くってしょうがない。まぁ一気に読書のペースが落っちゃったのだが、その中で今読んでいるのがこれ。「いつだって大変な時代」作者は私の二歳上。常日頃私が感じている身体的言語感覚と現実の社会に流通している言葉とのずれに対するもどかしさを見事に言い表してくれている。例えば「科学とはただの妄想である」とか「歴史は美しく歪められる」とか「無縁社会は別に哀れではない」とか、思わず、そうそうと共感する事が多い。特にここ二十年(つまり平成になってから)何だか、日本社会がそれ以前の過去や日本以外の国から完全に切り離されて地に足のつかない浮ついた文化を過ごしているような思いに囚われる。
科学の妄想で言うなら、例えば、喫煙の人体に与える悪影響というのは、人体実験をしない限り科学的に証明する事は不可能なはずなのである。倫理的にそんな事が許されないだろうと想像すれば、所詮は統計学、つまり確率の問題だと絞り込める。しかし、喫煙を取り巻く生活環境(例えば、年収や性別、生活リズムやスタイルなど)を考慮すると、健康被害を引き起こす可能性は他にも一杯ある事に気づくはず。つまり、喫煙が原因ではなく年収が原因かもしれないし、深酒(喫煙者はだいたい酒も嗜む人が多いはず)が原因かもしれない。これらを徹底的に科学的に分離・実験・追求して喫煙と健康被害の確かな証明がなされたとするならば、それこそ、ノーベル賞ものだと思うのだ。(現在の日本で、いや世界でもそんなものはない)
例えば、「『まじに行動しないとヤバイとき』は、まず、人は騒がない。黙って行動する。」という文。そう、実は騒ぐほどの事など人生にそうそうはない。そして、騒ぐという事はつまり、余裕があるという事なのだ。おお、この常識感覚を読んで、ホッとするのが私だけでないことを切に祈る。

2011年09月17日

やっぱり大変じゃない時代

昨日の続きである。「いつだって大変な時代」(講談社新書)を読破した。後半も唸りながら読み進めた。例えば「原発問題」に対して。「すべてを把握している人などいない」と。これは様々なニュースを見ての私の印象とも一致する。原発が安全か危険か。実は人類はまだその答えを出せていない。「不要だ」という人もいれば「心配ない」という人もいる。イデオロギー的に反対を叫んでいる人を除けばおそらく正解を誰も知らない。しかし考えてみれば世の中のことってほとんど皆正解を知らない事ばかりである。一時テレビや携帯電話は人体に悪影響を及ぼすという説を唱えた学者がいる。中には水が言葉を解するという者まで出てきた。確かな事は、我々の生活は水に知性を認めないし、テレビや携帯なしには成り立たないし、原発による電力供給なしには語れない、という事。然るべき人(政治家かもしれないしその筋の専門家かもしれない)が考えれば良い事であって、私の一生の時間はそういった事に関わっているほど余裕はない。
時代や社会が「どっちでも良い」とか「放っておく」という事をドンドン許さなくなっているこの風潮って一体何なんだろう?「無縁社会は大変だ、というのは文字にして書いてみると、コガネムシは金持ちだ、くらいにしか意味がないように思えてきた」死を制御することは土台不可能なのである。ここでも確かな事は死は自分一人で受け入れなければならない厳粛な事実である、という事。それ以外の要素は(「家族に看取られる」とか何とか)はすべて生者のための言葉であって、「私の死」という事実とは全く関係ない(ある人にはあるが、ない人にはないというレベルの)問題にしか過ぎない。ちなみにまた速読についての項があって、この章が「何でも情報化できるという勘違い」これもおおいに頷ける。中では小説を速読しようとするヤツ(!)が出てくる。出来ないのでどうしたら良いと相談に来たので「アドバイスはもちろんひとことだけだ。あきらめろ」おいおい!みんなもうちょっと勉強しろ!

2011年09月20日

サインは…

世間は三連休だが、塾では三業務。朝から晩までほとんど働き詰めだった。ネットを見る限り世の中の動きはまだ方向性が見えない。ヨーロッパの金融危機が始まった際の大混乱がどの程度のものなのか、予測も付かない。アメリカは、長い下降線を辿っていくんだろうなぁ。日本はどうだろう?この数年で、戦後の悪い部分がドンドン噴出していく事になるだろう。「守るべき」ものが何なのかを国民全員に突きつけられる時がやってくるんじゃないか、と私はひそかに予感している。そのための準備学習をいくつか始めようと、昨日西郷信綱の「古事記注釈」を買った。(もう一冊はまだヒミツだ)勉強する時間がほしいなぁ。
さて、シャマランかシャラマンか覚えられないが、メル・ギブソン主演の「サイン」を見た。この監督さん、「シックス・センス」が何と言っても有名だが、あまりにもオチに頼り過ぎの感があり、あまり好きになれなかった。不条理系ホラー「ハプニング」(訳も分からず皆が自殺しだす!)が結構面白かったので、旧作で見ようと借りてきた。賛否あるらしいが、私には結構面白かった。重厚な人間ドラマとSFホラーなムードが実にバランスよく描かれている。シャマランお得意のオチもあり、「サイン(前兆)は宇宙人侵略のサインではなかった!」という展開には唸ってしまう。まるでミステリーを読んでいるような感じだ。それだけでないのが、この映画の良い所かな?メル・ギブソン、良い役者だなぁ。奥さんの最期に対面する所なんか、凄い、の一言である。お勧め。

2011年09月21日

ヘルアイランド!

いつものように京都は‘台風直撃!’と言いつつもただの雨降り。今回は近隣中学のテストと重なっていたため予想外のテスト延期という事態に。まぁ、細かくは書かないけれど、この「~注意報」とか「~警報」ってなんだかなぁ、特に私の住む地域ではただの「責任逃れ」のために発令しているようにしか思えないんだがなぁ。
さて、受験学年の国語の授業で。詩人谷川俊太郎の文章「楽しむことのできない精神はひよわだ。楽しむことを許さない文化は未熟だ。詩や文学を楽しめないところに今の私たちの現実生活の楽しみ方の底の浅さも表れていると思う。…楽しみはもっと孤独なものであろう」中島らもの言葉「『教養』とはつまるところ『自分ひとりでも時間をつぶせる』ということだ」さすが入試問題、素晴らしい!これでも小説家の端くれ、今の「速読」や「自己啓発」等のブームにやはり一石を投じたいと思っているので見事だと言わざるを得ない。さぁ、皆で無人島に行って無為の時間を共に過ごそう!それこそが、教養人の楽しみ方なのだ!「友情」や「恋愛」に目的はない。見返りを期待するのは所詮はgive&take、大人の嗜みとしては必要だが、それ以上でもそれ以下でもない。「遊び」も「教養」もまた同じ。私が講演会で「遊びのない人生は語るに値しない」と言ったのはそういう意味である。
ところで最近見た映画はこれ。「ヘルアイランド」訳すと「地獄の島」。私の小説は「狂気の島」。何となく、引っかかったので見てみた。ジャングルに得体の知れない怪物がいて何も知らない人々を次々と襲う、というまぁまぁ面白そうな、でもよくあるパターンのモンスターパニック。主人公がかの「タイタニック」でデカプリオと女の取り合いをした(あの、いけ好かない御曹司!)ヤツなので、きっと悪者だろうと思っているとそうでもない。ただ、モンスターの造形がどうも陳腐。サルというか、原人というか、でも羽生えてるし…、みたいなよく分からない格好。でも、緊迫感はまずまずあって、人物描写も割としっかりしていたので珍しく早送りにせずにマトモに見た。切株描写も合格点。でも、お勧めするほどではない。あくまでもマニア向けだろうなぁ。

2011年09月22日

フェイクシティ!

今日のネットでは「リーマンショック2の恐怖」の見出しが。先日も書いたが、欧米の経済混迷状態は出口が見えないだけでなく、展望、つまり良くなる方向がない。高度資本主義が進んで経済のグローバル化が進めば進むほど、各国がその国民性に基づく行動をとるというのは何とも皮肉なこと。アングロサクソンは先の大戦の間接的な原因でもある「世界恐慌」を誘発し、それでも懲りずにリーマンショック。それでも懲りない。まさに「投機的」国民性。ヨーロッパも同じ。とにかくやる事が極端。日本がその中でまだましなのは、明らかなんだが、あまりそれを騒ぐと他の国に狙われそうなので、ちょっとだけ。
さてさて次の課題である「政治」についても本を読んだが、こちらは明日。もうちょっと頭を整理してから書こう。
昨夜見たのがこれ。「フェイクシティ」。「コンスタンティン」以来のキアヌ・リーブスである。ブラックダリア関連でジェームス・エルロイを探していたら見つけた。全体、アメリカの暗部をよく描いているのではないだろうか。「男のルール」という副題はどうかとは思うが、ハードボイルドな展開と二転三転するストーリー(途中から先が読め出すが…)で飽きさせない。暗い映画ではあるが、悪くないと思う。

2011年09月23日

政治学の現在

今日もお休みにも拘らず私は振替授業のため出勤。どうもこの調子だと、9月は休みなしが確定である。
ところで先日読んだのが、「政治学」一人前に経済の次は政治だろうと勝手に思い込んで読み進めたがこれが全く進まない。かれこれ2ヶ月近くかかってしまった。同書は何でも国家試験の資格取得用の教科書という事で政治の論点を比較的コンパクトに網羅しているらしいのだが、もちろん私には全く無用。結果、学問としての政治学が私の欲する政治問題の解決にはあまり資さない事が判明した。それでは私の望む政治学とは?つまり、ナショナル・アイデンティティーの学としての政治学である。(本の中では「政治文化学」みたいな呼び名で語られていた)21世紀の世界を見渡すに、どうも我々の考えている以上に世界は一つではない。それは経済にしても然り、誠治にしても然り。同じ「民主主義」という語でもおそらくアメリカと日本ではその意味する所が全く違う。それは社会背景の違いなんだが、それを煎じ詰めれば歴史の違いに帰着する。そう考えると日本の理想の政治は(アメリカではなく)日本の歴史から学ばざるを得ないという事になる。その意味で純粋政治学的な観点から聖徳太子や源頼朝、織田信長の業績を再評価するべきではないのか、というのが私の見解である。別にマキャベリを読まなくっても帝王学を学ぶことは出来るはずだ。そして、これまで評価が低かった頼朝や足利尊氏(今の中学では彼のことを勉強しないって、皆さん知ってました?)信長・秀吉・家康(その業績の偉大さはそれだけで半年はかかる)をもっとしっかり教えるべきだろう。これは明治の元勲たちにも言える。その意味ではちょっと欲求不満な本だった。

2011年09月24日

kick assとhit girl!

念願の「キックアス」が何とワウワウで放映されたので、早速昨日録画して見た。素晴らしい!使われている音楽もsparks(「キモノ・マイ・ハウス」!オタク!)から「夕陽のガンマン」まで僕好み。内容はややB級寄りではあるが、そのアクションシーンはハンパじゃない!特に最後の決闘シーンは凄いの一言。このちっちゃい女優さん(映画の中では11歳!小学生!もちろんスタントなんだろうけど)が素晴らしい。久しぶりのニコラス刑事も健在。とにかく何から何まで大好きだ。途中からその展開に珍しく腋に汗かきながら見ていた。続編を期待したいが、この女優さんがもう大きくなってしまってムリというのが、hihoに書いてあった。その意味でも奇跡の一作である。暴力シーンは容赦ないが、お勧めである。

2011年09月26日

MSGの凱旋ライブ!

どうも、最近多忙である。困った、困った。昨日もテスト対策。帰って仮眠を取ってから飯食ってTVちょっと見て、DVD。最近「ロックバラスト」とか言うののMSGライブを入手してそれを見た。以前輸入版で持っているのと同じだったが、久しぶりにマイケル・シェンカー(とにかく若い!)の生顔見て、大満足。その上、MSG創成期に当たるため、(ドラムは今は亡きコージー・パウエル)皆元気一杯。マイケルの指も動く、動く。凄まじい速弾きである。
という事で、ちょっと元気になってきたので私もギター&キーボードの練習で数時間起きていた。やっぱり楽器をいじるって言うのは楽しいなぁ。それだけで心が癒される。まだ数日は忙しい日々が続くが、何とか毎日練習続くと良いのになぁ。

2011年09月27日

官僚の責任じゃないよ!

昨日「官僚の責任」を読破。最近ベストセラーになっていてかつ、作者がたまたま昨日経産相を辞職したのかでニュースにもなっていた。読んでいる人も多いかも知れず、一方作者の主張に賛成意見が多いであろう風潮だが、私はあまり感心しなかった。
おそらく前提になっている、そもそも論が違うのか。官僚が政治をウラで動かし、利権構造上腐敗していくのは、実を言うとどの社会、どの国でも同じ。作者は今の日本の危機の原因を殊更政治と官僚に帰しているようだが、(ゆえに早く公務員改革をせよ、ということなんだろう)はっきり言って改革した所で、まぁ、結果はボチボチ。残念ながら官僚制度が改革されて歴史的に蘇った国家などありえない。
次にTPPの問題や政府の借金問題などを読んでいるとどうもグローバリストっぽい気がする。日本の国債の金利が急騰するなど全くの夢物語だし、何度も書くが、日本の経済は今でも閉鎖的では全くない。グローバリズムの波に乗らないと日本は取り残される、みたいなピントはずれな議論はそろそろやめてほしい。一体、日本がどの国に取り残されるというのか?EUもアメリカも財政破綻寸前じゃないか?この震災不況の最中でも円高が止まらない(‘安’ではない、「高」だ!)のだ。いい加減経済の勉強して目を覚ませよ、と言いたくなる。
現在日本の低迷はそのほとんどの原因が政治力のなさに起因するのであり、その原因の一端は日本にはない。(もちろん、残り半分は日本が原因。でも、それは国民の責任でも官僚の責任でもない)だから改革を叫ぶのは全然OKなんだが、静かにやっておいて、と言うのが、私の意見だ。キツー!でも、しょうがない。官僚が国を作ったり動かしたりしてるんじゃないんだから。

2011年09月29日

The Runawys!

高校の入試説明会もやっと一段落、今日は散髪を久しぶりにやってやっと生活リズムも復帰出来そうな感じ。来週は塾では勉強合宿、家では娘の幼稚園の運動会(もちろん、私は行けない)。折角「俊足」(子供用のスニーカー)を買ってやったのに、走りは万年ベベ。にも拘らず運動会が楽しみでしょうがないらしい。奥さん曰く「変な所だけ、アナタに似てる!」まぁ、旦那さんの家での仕事の何割かは奥さんの「言葉のサンドバッグ」になる事だ、と観念しているのでそういう時は黙っている。まぁ、所詮“足の速さ”競うだけやし、人生に影響はないやろう。
最近、気になっているのはしばらく前に読んだ堀井憲一郎氏の「男は‘有事’の生き物だ」という言葉。平時には邪魔で、鬱陶しいだけの存在なんだが、何か事ある時は、まず身を盾にして女を守る。生物学的にも文化論的にもそりゃそうだろう、と私自身はずっと思っていたクチなんだが、社会常識はどうも違う方向に行ってそうなムードゆえ、余計にその思いが強い。村上龍はそれを「消耗品」と呼ぶ。そして、ついでに女は…最近リリーフランキーと誰か有名な女優さんがCMで出ている台詞、「愛する男を看取ること」こそが、最大の仕事だろう。ウ~ん、やっぱり時代に逆行しているなぁ。
昨日見た映画は「ランナウェイズ」現在、40歳以上の方々はご存知のはずだが、'70年代日本のロック界に旋風を巻き起こしたS・クアトロの後を次いでアメリカからやって来たガールズ・バンド。チュ、チュ、チュ、チェリー・ボン!と下着姿で歌うシェリー・カーリーが有名だが、実は後ろでギター弾いていたジョーン・ジェットこそが、リーダー的存在。名曲「アイ・ラブ・ロックンロール」でミリオンセラーを打ち立てて存在感を示した(私もライブでやった)。そのバンドの始まりから終焉(解散)、ジェット復活までを描いたドキュメンタル風の映画。70年代アメリカは我々日本人以上に保守的で(実は今でも?)、女性のロックバンドなんて、バッカじゃねぇの?!みたいな空気があった。その中で、客から罵声を浴びる練習から始まってまさに十代だから出来た疾走の日々。浮ついてもいないし、暗くもない、嗚呼こうして歴史って動いていくんだなぁ、という感慨に浸る。多くの犠牲者を生みながら、それでも彼女たちの切り開いた道を、おそらくその後世界中のガールズバンドは同じように歩んでいくことになる、その偉大な一歩だった訳だ。とても良い映画だ。ちなみに主演の女優二人、結構本物にそっくりである。最大のヤマ場はやっぱり日本公演。(僕がCD持っているヤツ)当時から日本のリスナーの質の高さは世界一だったんだな、とつくづく思う。

2011年09月30日

十八歳、海へ

藤田敏八と聞いても今では知っている人はあまりいないのではなかろうか。在りし日の日活青春映画の旗手である。DVDで何本か見て気に入って昨夜見たのがこれ。「十八歳、海へ」お話は予備校生のひと夏の冒険。心中ごっこに励む森下愛子と永島敏行。「若気の至り」という言葉がまだちゃんと意味を持っていた頃の青春群像。見ていてつくづく感じたのは、まぁ当然ではあるが、やっぱ男と女っていちゃいちゃするよねぇ。良い事だ。そしてこの映画に負けないくらいに馬鹿馬鹿しい高校・大学時代を送った身としては、嗚呼良いよなぁ、と感慨に耽る。若者はしっかりバカやっていて、それを取り巻く大人もまたしっかり大人。でも、そのムードが実に優しい。そう、誰もピリピリしていない。国は今より間違いなく貧しかったんだが、誰もそれを苦に病んでいない。今は…何かと言えば“国家危機”だ“経済破綻”だ、と大騒ぎ。ガキが犯罪犯せば“命が大事だ”とか“教師は何をやっているんだ”とまた大騒ぎ。原発支援に福島産のモノを使おうとすれば“放射能を測れ”とか“地球の未来を守れ”とまたまた大騒ぎ。一体、皆何をやっているんだろう?もっと他に大切なモノあるやろ!と叫びたくなる、そう、誰が何と言っても自分にとってだけでも大切なモノ。それはつまらない「自負」であったり「誇り」であったり、「生活スタイル」であったりするんだが、結局そういう身の丈にあった人生を送らない/送れないヤツが、それこそはた迷惑な騒ぎを起こしてそれを“正義”だと思い込んでいる。全く困った時代だ。私は五十一歳でも海へ行くぞ!

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