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2011年08月 アーカイブ

2011年08月01日

二連休!

講習に入るとウチの塾は週休二日になる。前の休みがライブ本番と言う事で、昨日、おとついが本格的な休みだった。その上奥さん・娘は実家。一年ぶりに完全に自分だけの自由な時間を満喫した。やった事。新書本を三冊読み切った。ギター練習をみっちり。バイクで琵琶湖へツーリング。DVDは一本だけ見た。自分のライブをDVDに焼き直して、所謂用事系を済ませて、こんだけやった。なかなか充実しているでしょう?
ところで、昨日のTVのニュースで放射線量に関する面白い番組をやっていた。政府が出している暫定値が、実は世界中で越えている所があるって言うヤツ。まぁ、そんな事だろうと思った。これで原発関連の避難・自粛措置の根拠がなくなり、ほとんどは風評被害、つまり人災だと言うことが明らかになった訳だ。
ちょっとじっくりと本を読んで勉強したいなぁ、というのが今の心情。でも、正常な国家にはもうなれないんだろうなぁ。

2011年08月03日

意識の量を増やそう!

講習授業にやっと体が馴染んできた。朝から晩まで結構相変わらず忙しい。また、夏期はウチの塾では受験学年生がいよいよ受験モードに切り替わりつつある大きな分岐になる。中3英語は次回で年間の全単元終了、盆明けからすべて復習授業に移行する。中2でも秋の英検に向けてそろそろスイッチが入りだしてきた(中2だから4級、ではない!皆飛び級で3級を受けさせる!)。また、高2ではセンター国語の演習と国立二次試験問題(高3ではない。高2)。あと1年半後の最終目標レベルを自分で確認させるためだ。ウチの塾は日ごろの勉強レベルは左程難しくないが、こと受験に関しては徹底的にいじめる抜く。受験直前の一ヶ月は前一年間にも匹敵すると思われるからだ。生徒の顔つきから授業態度、学習姿勢までが本当に数ヶ月前までとは別人のように変わってくる。さて、今年はどんなドラマが待っているんだろう?
連休に読んだ本がこれ。久しぶりの斉藤孝である。「意識の量」。言われてみると確かに自分でも気にしていた事を思い出す。学生時代は勉強という側面でいつも測られていたのでまだしも、社会人になってからは正に各自が信じる努力をコツコツしたか、否かという世界。同窓会みたいに数年ぶりに会うと見る影もないヤツっているもんだ。意識の量の多いヤツ、少ないヤツって間違いなくいる。難儀なのは、それは時間が経過しないと分からないという事か?まぁ、一種のhow to物だが、それなりに勉強になった。

2011年08月05日

社会科学の再生を目指して!

最近講習中だけ開講の中学社会を教えると色々な発見をする。現行の教科書では歴史の大きな流れについての説明が皆無であるため、例えば次のような質問に生徒達の誰も答えられない。
①天皇や貴族の仕事って何?
②どうして天皇家は武士の時代にも続いたのか?
③江戸時代の三大改革って、なんでみんな失敗したのか?あるいは失敗したのにどうして三回もやったのか。
④どうして武士は生まれたのか。
特に①に関しては天皇制にも関わる大変重要な問題なんだが、ウチの生徒たちで答えられたものはいなかった。(中学・高校生全員)一体、今の歴史教育ってどうなっちまったんだろう?中には「無職!」とか言ってるヤツもいた。おいおい、貴族ってフリーターかい!
歴史とか社会とか我々が呼ぶものの全体像(所謂‘社会科学’)の低迷はまさに理数教育以上に目を覆うばかりである。この事実を我々大人はもっと自覚するべきだ。誰が日本史を今のような無味乾燥な記憶事項の羅列に貶めたんだ!(もちろん、私は犯人を知っているが、ヤバイので書かない)すべてのカギを握っているのは、「歴史」である。その次に「経済」と「政治」。大人どもこそ、勉強しろ!せめて、ウチの生徒レベルぐらいには!

2011年08月08日

海水浴報告

夏になると、とにかくアウトドアの日々。毎年のことですが、今年は一昨日pick upの海水浴に家族でお邪魔させて頂きました。ありがとうございます。ちなみに娘は「海デビュー」。優しいお兄さん、お姉さん方に相手して頂き楽しかったようです。昨日は塾の社員と海水浴。泳ぎまくって帰りに亀岡へ。亀岡の花火大会を皆で見に行った。なかなか充実した、かつハードかつ楽しい休みであった。おかげでお肌真っ黒け。今週末が無人島キャンプという事で、まぁ、よ~遊ぶこと。毎年の如く奥さんは「あんまり焼かんときや」とおっしゃっていたが、僕の答えはいつも通り「もう、遅い!」51歳にもなったんだから今更将来を心配するのも可笑しいやろう!ということ。まだまだ遊び足りない!
それにしても、バナナボートはきつかった。体中筋肉痛や。

2011年08月09日

はじめての支那論

アメリカがデフォルトを何とか回避したが、いまだドル市場は予断を許さない。遡れば世界恐慌以来、世界の経済市場に迷惑をかけ続けたアメリカ経済がいよいよ最期の断末魔を挙げているようだ。アメリカ流グローバリズムが世界中で煙たがられ、にも拘らず本人は「人類を救うのは彼の手に委ねられた!」風のハリウッド版ノー天気世界観もその効力を失いつつある。私が生きている間はまだかもしれないが、娘の時代にはきっと「アメリカは昔は超大国だったんやで」という時代が来るかもしれない。
一方の雄、中国は?既にバブルは弾けているという説も飛び交っている(いつものように党が情報統制を布いている)ぐらいだ。はっきり言って、今日何かが起こっても私は驚かない。いずれにせよ、国家としての明るい展望はない。だいたい、人口が日本の数十倍もあるのに、GNPでやっと日本を追い抜いた程度なんだろう?国民の生活水準を想像すれば算数レベルの知識で日本の何分の一の水準って出るんじゃないの?
ユーロはもう知らん。どのような形で崩壊するのかを塾内でも色々議論しているが、こちらも既に八方ふさがり状態。どこもアメリカ版グローバリズムという世界規模のバブルに踊っていた(あるいは踊らされていた)だけだという事を遠からず気づく日がやって来る。そうそう、ついでにサムソン。今日のネットではサムソンに陰り!みたいな報道がされていたが、別に相手にしなくても良いだろう。結局、日本の高性能技術がなければ中国や韓国の企業だけではハイクォーリティーな製品は作れない。儲けるためには人件費を削るという手段しかない。(実際、韓国の人件費はここ数年日本以上に下がっている)誰のための企業なのか、分からない。
マスコミ関係では何とか言う俳優の「8」発言が実は大問題になっている。本人は事務所クビになったらしいが、賛同者が先週お台場でデモをやったとのこと。何度も言うように、国を挙げて節電を勧めているんだから、パチンコ屋とTV局は率先して節電のため営業自粛してくれ、と言いたい。東海テレビみたいな非常識な局など、要らないだろう。
ついでに、大文字の送り火に福島産の松を燃やさないという事態が起こったらしい。何とも、情けない話である。一番支援してやらねばならないヤツを助けないで、何が鎮魂なんだろう?自分だけ助かれば良いのだろうか。こういう所業こそが、小さな事件ではあるが、サムソンの報道よりも大事な事だと私は思うんだが、どうだろう。京都人として本当に情けない。「汚染されているかもしれないが、一緒に燃やすことで京都も福島と一蓮托生です」とメッセージを送る方が余程人々に感動を与え、皆のためになる、そんな事も分からないヤツ(誰か知らないが)じゃ、ダメだろう?そんなに命が惜しいんだろうか?
この数ヶ月ずっと考えていた事がしっかり言語化されている本に出会った。世界では「China」なのにどうして日本人は‘シナ’と呼ばずに‘中国’と言うのか?そこに何とも面妖な陰謀が見え隠れする。そして、それに加担する日本人。私がもう少し若くって血気盛んだったら全部すっぱ抜いてボロカス書いてやるんだが、今は書かない。ただ、小林よしのりが提起する「文化的鎖国」政策は非常に魅力的である。実際、どこにも日本が追いかけねばならないような国などない。いつから我々は自分の力量を過小評価して、無意味に外国にあこがれを抱くような国になってしまったんだろう?そもそも我々が‘あこがれる’ほどの高度な文化を持っている国が日本以外にどこかあるのだろうか?もちろん、私は原因も犯人も分かっているんだが、これも書かない。

2011年08月17日

放蕩三昧の毎日!

夏の休暇は遊び三昧で終わった。とにかく休みの半分以上は、海、海、海。おかげで全身真っ黒&お腹のぽっこりがなくなって数㌔減量。背中はズル剝けなんだが、焼き過ぎて痛みもない。ザッと振り返ると、休み一日目、家族で海水浴。二日目~三日目、無人島キャンプ。四日目、お墓参り&太秦映画村(我が家の年中行事)。五日目、本当のお休み。一日中爆睡&読書。六日目、バイクで琵琶湖一周。途中、彦根で通り雨に出会い、全身パンツまでずぶ濡れ。でも、帰る頃には乾いていた。そして、帰ってカラオケ。よくもまぁ、こんなに遊びまくったものである。去年辺りから無駄なく遊ぶのが板に付いてきた。生涯で一番よく遊んでいるだろう。「仕事も大事だが遊びも大事だ」とは思わない。友人に会うのに目的がないように、遊びにも目的などない。まぁ、精神的に健康な証拠だろうと勝手に思っている。すべては内発的でないと長続きはしないし、内発的という事は他人にどうこう言われる筋合いのものでは元々ない。楽しかったよ、ただそれだけ。

2011年08月18日

内発性と意識量

講習もいよいよ大詰めに差し掛かっている。明後日が模試日。授業も結構私には珍しく熱が入っている(オイオイ!)。
最近の私のテーマは「内発性」と「意識量」の問題。内発性というのは、前回も書いたが、「自発性」と言い換えられる。何事も自発的に取り組め、と言えば良いか。意識量というのは斉藤孝氏の著書からの言葉。結構頻繁に「オマエ、意識の量が少ないぞ!」みたいな会話をする。まぁ、生きることそのものにカラータイマーが付きつつある年齢なので、やっと一分一秒も惜しいという心境というか、考えになってきた。今やりたいことは次のこと。
①ギターを習いたい。もっと極めたい、それだけ。
②自分の考えを何かの形でまとめたい。教育か、歴史か、社会科学か、分からないけれど。
③塾の方向性を確立したい。これは真面目に仕事の話。
④ホラー小説を忘れていた。
いずれにせよ、明確な方向性が自分の中では出来ているのでさて、あとは時間の問題。
そうそう、大文字の一件について。戦後日本が見て見ぬフリをし続けたものの一つに「守る」という観念がある。「守る」ためには必ず「(仮想)敵」が要る。そして、次には必ず「戦う」という局面がやって来る。「憲法を守れ」という。それでは、そのためにあなたは命を賭けて戦うのか?もしも、そうならなぜ専守防衛を否定する?「戦いたくないけれど守りたい」というのは幼稚な夢想でしかあるまい。これは以前書いた「命が一番大切」というのと同じだ。命を守る、そのためにあなたは何をする?命を捨てるか?こんなレベルの低い矛盾した言説が戦後60年以上も蔓延っていた現実。おそらく、被災地の薪を燃やすことに横槍を入れてきたのはおそらく特定の思想集団である可能性が高い。どういう思想かもおおよそ想像がつく。「尖閣を守れ」と人は言う。「竹島を守れ」と人は言う。それでは戦う覚悟はあるのか。別にそれは戦争をすることとは限らない。事あるごとにシナ・韓国の不法占拠を国際的に非難して、堂々と(つまり命を賭けて)主張を通す覚悟があるのか。国連に訴えて出張が入れられないなら、経済封鎖も辞さず、とでも言うか?北朝鮮は今も国民を拉致したままだ。韓国は国土を不法占拠し続けている。何が違う?何を戦後日本は守ってきたのか?大文字の歴史は平安京の鎮魂の歴史であり、数百年の歴史を持つ。保存会は何を守ってきたのか。火を絶やさないことを、か。見る者の心中に鎮魂の思いを絶やさないことをこそ、守るべきではなかったのか。ここに来て私ははっきりと今の日本の根本的な問題を自覚している。大文字の問題は、それをチラリと一般の人々にも覗き見させたのだ。我々の戦後が如何に脆いものであるのかを。
最近のお気に入りがこれ。嗚呼、夢よ、もう一度!

2011年08月19日

新・堕落論

偶然にも書店でタイトルが目に留まったので読んだ。私自身は安吾の「堕落論」は何度か読み直した経験があるほど好きで、かの逆説と風刺に満ちた文章を思い起こしつつ期待して呼んだが、ウ~ン、これはちょっと石原慎太郎氏、まとも過ぎるぞ。文学者としては老いたか?「我欲と天罰」。東北の大震災が我々に教えた最大の教訓は、日本人はいまだに昔ながらの国民性を維持し続けている、ということではないのだろうか?彼が語る「我欲」の主役は特定出来る一部の政治家・利権団体・マスコミ・知識人と称する人々その他、およそ、上から目線で国民を見ている人々のことではないのだろうか?そして、安吾なら、このような状況に向かって「日本人よ、もっと堕落しよう!」を声を掛けるのではなかろうか?我々国民一人ひとりの生が、意図するしないに関わらず、国家の命運と切り離せないとするなら、先の利権に群がり私腹を肥やす輩の生もまた国家の命運と切り離せない、つまり長い目で見ると、国民が堕落すればするほど、利権に群がる人々も追い詰められることになるのである。マスコミが偏向報道、反日報道に走れば走るほど、視聴率一般は下がり、広告宣伝費で生きるマスコミ自身が自分で自分の首を絞める結果となるのと同じだ。ついでに言うと、消費税アップは絶対してはならない施策である。彼ら(マスコミのこと)は財務省と結託してそこで己の利権を守ろうとしている。慎太郎、消費税アップに文句を言うのは国民の我欲ではないぞ!
彼の歴史観にはあまり文句を言う気はなくって、私自身も大いに賛成(特に教育の問題等)なんだが、全体的に「啓蒙的」(つまり、自分だけ分かっている!みたいな)な気負いが強すぎて、やや読むのに疲れた。

2011年08月20日

自己啓発せよ!

戦後最高の円高らしい。ドルが失速し、ユーロもいつ崩壊するか、分からない、ある意味「元」は既に崩壊している。「ならば安全な「円」を買おう…」という投資家の判断だろうが、つまり「円」は国際的にダントツで安全な貨幣であるということが認められた訳だ。やったじゃないか!輸出企業は痛手だろうが、その分輸入企業は恩恵をこうむっているはずだし、国際経済的に見れば単純に喜ぶべきことじゃあないのだろうか。相変わらず新聞読んでも悪いことばっかり選んで書いてある。ちなみにネットで今の財務大臣が「国の借金が~で、これを子孫に残さないよう、増税も厭わず」みたいな事をまだ言っているらしい。何度も書くが、正しくは国の借金ではなくって、政府の借金。その貸し手は国民である。我々はちっとも困らないし、おかげで子孫は貯蓄が残るのである。そんなに政府の借金がイヤなら「お金」を刷り増しすれば良い。簡単なこと。それをイヤがっているのはお金の価値が相対的に下がるのを嫌がる人々、つまり財務省と日銀だけなのである。マスコミはこういった情報を意図的に隠蔽している可能性が高い。何度も書くが、だから皆テレビ見なくなるのである。
昨夜読んだ本がこれ。一般的な自己啓発本って言うと成功したくってウズウズしているみたいなのが多い。特に著者も触れているが「速読」(こんなのが流行しているの?知らないけど)まで行くと、もう私には何が何だか分からない。究極の自己啓発は、「他人の啓発に乗るな!」ということではなかろうか、と思っている。でも、この本は面白かった。なかなか深い本だ。

2011年08月23日

虐殺の週末

昨日のネットを見ていると「国家理念なき民主党」みたいな見出しが出ていた。ウ~ン、今更何を言ってるんだろう。最初っからなかっただけだろう。あると思っていたのは、いつものようにマスコミや一部の似非知識人ぐらいなものじゃないだろうか。例えば、TVでは喜んで大々的に取り上げていた彼の「事業仕分け」。本来、国家が行う事業はすべて公共事業、つまり損得を度外視したものであるはず。つまり、利益を出すことが目的なら民間に任せれば良いだけではないか。それでは、一体、何を仕分けしようとしていたんだ?ネットではよく見かけるように、そこで「災害対策費」や「自衛隊」の費用、スポーツ振興費用が仕分けされる事になった。これらすべて失敗ではないか?ここで言いたい事は既に現政権は一年前に「国家理念」など持っていない事を自ら暴露していたという事実とそれを囃し立てたマスコミが「国家理念なき…」等という資格は全くない、という事なのである。ちなみに次の代表戦って、酷そうだなぁ。社会常識に照らし合わせてマトモな人が誰もいない。極左とのつながりを噂されているヤツや、献金問題で法を犯したヤツや、まぁ、pop自体が平均以下だからしょうがないが、正に政治の堕落を象徴するような問題だ。
ところで、最近見た映画がこれ。タイトルは「虐殺の週末」、ジャケットは恐ろしすぎるラバーマスク、凶器はチェインソー!と来れば見る方もそれなりに期待するが、その内容は実にチープ。見かけ倒しも良い所である。よく見ると「連続殺人鬼」ですらない。(一人だけ殺すが、それも紐でクビを吊るだけ)最後まで見てアッと叫ぶような場面は一つもない。ダラダラダラダラ。久しぶりになかなか得点の高いZ級映画であった。ある意味カルト。

2011年08月24日

進撃の巨人、美学

お昼のワイドショーは「紳助引退」の話題で持ち切り。暴力団との関連という事で今後どういう展開になるのか、まだ全体像がよく分からない(何しろ突然過ぎ!)ので、それについてはあまり言うことがない。私自身は紳助のファンというか、生き方ファンで、本も何冊か買っている。その多彩ぶり、プロデュース能力、笑いのセンス(これは好き嫌いが分かれる所だが)、どれも好きだったので残念である。ただ、報道を見ていて感じたことが2点ある。彼の才能であれば彼自身は何としてでも生きていけるだろう。「よしもと」もお金の損害は大きいだろうが、社会的な信用問題では逃げ切った感あり。この一件で最も痛手なのは多くの若手芸能人とマスコミだろう。混乱の時代には組織よりも個人の方が圧倒的に強い。問題はいつも裸一貫になる覚悟をしているかどうかだ。テレビの方は視聴率低迷の流れに拍車がかかるだろう。先日も東京ではムゴい偏向報道を流すテレビ局に対して何千人単位のデモ行進が行われた。そういう流れの中で紳助引退はどこよりも業界においてこそ大事件だろう。
もう一つは前歯代表選出馬と紳助引退の記事が一面トップを飾った新聞を見て。結局、業界の倫理観の高さ、自浄作用に関して政界は芸能界以下だと言う事が図らずも証明されてしまった。紳助はクロではない、犯罪もしていない。前歯は明らかに外国人献金に関して違法行為を行った(以前も書いたようにそれも「知っていて」)。いみじくも紳助が会見で「美学」という言葉を使っていた。大事な言葉だ。popやcannaも爪の垢を煎じて飲ませなければいけない。そして、またこの党から総理大臣が出るという国民にとっての悪夢は一体いつまで続くんだろうか?
さて、最近読んだのがこれ。「進撃の巨人」最新刊。まぁ、少年漫画ではあるが、あるいはそれゆえというべきか、戦争、生と死などのテーマを積極的に描いているのが実に好感持てる。まぁ、簡単に言うと、「オトコは何かのために死にたい」生き物なのだ。かつて読んだ「浮世雲」の名言「生きることに意味なし。ただ、生きるのみ」と対極にあるが、どちらも正しい。そして、人間としてどちらの生き方の方が強いのかというと、明らかに「無意味」を覚悟する方なのだ。現代日本社会が要求する‘生’のレベルの方なのである。この事と鬱病などの精神疾患の増加には関係はないのだろうか?

2011年08月25日

人生万歳!そのまま

講習会がやっと明日で終了、中一日置いて日曜日からが待ちに待った「社員旅行」である。例年になく参加者は少なく(って言うか、男ばっかり予定が入っているため女ばっかり)それでも年に一度の大きな旅行なのでゆっくりと羽を伸ばしてくる。教育界は水面下で格差拡大が進行し続けており、金高騰同様、衆目の知る所となった時点では既に勝負が決しているという可能性が高い。その上、この‘知’の格差は思想格差、職業格差、その他の社会性格差を今後生み出す可能性が高い。京都は比較的まだニュートラルな方である。いずれにせよ、学習塾業界もこれまでの五年間とは全く違う五年間がやって来るという覚悟が必要だろう。と言ってもわが塾は五年前の開塾なので事実上今が本格的なスタートになる。まぁ、でもこの緊張感がたまらないよねぇ。
偶然昨日ワウワウで見た映画がこれ。「人生万歳」ウディ・アレンの作品。実にたくましいアメリカ流ハッピーエンド映画で、楽しかった。さすがコンチネンタルである。人間嫌いの老人と結婚するのが何と南部出身の二十歳(エバン・レイチェル・ウッド;可愛い!ちなみにミッキー・ローク主演のレスラーの娘役(?))この年齢格差婚が繰り広げるドタバタコメディー。全部書かないが、こりゃ、アメリカ人って凄いわ、という感じ。お勧め。

2011年08月26日

スクリーム・アット・ナイト!

講習会がやっと終了、例年同様長かった。内容の充実度はまずまずだとは思うが、自分の中ではいくつか反省点がある。集団授業はほぼ理想通り進めた。ある程度レベルも粒揃いになってきたし、生徒の意識もだいたい私の予想レベルまで上がってきた。何とかやっと例年通りのレベルの授業が後半も出来る。社員旅行を間に挟んで保護者対象の「入試説明会」を突然開催する事にしたのだが、こちらも一定人数が集まりそうでちょっとひと安心。と言ってもまだまだ理想からはほど遠い。出来れば毎年一回は開催したいなぁ。皆の者、励め!
さて、先日見たのはアルゼンチンの天才ホラー監督の呼び声高いボグリアーノ監督の若干二十歳の快作「スクリーム・アット・ナイト」もちろん、レンタルなんかないので、購入して見た。作品はなかなかの出来。オカルトを絡ませつつも、しっかりと犯人がいるという展開はダリオ・アルジェントを髣髴させる。ちょっぴりエロくって、ちょっぴりグロくって、全体としては非常にバランスの取れている作品。こういう作品を見ると、お金をかけようがかけまいが、監督のセンスというか才能には勝てないなぁと、つくづく思う。きっと意識の量が多いのだろう。素晴らしいことだ。主人公たちが女子高生という事で言うなら、日本でも作れそうな感じなんだが、どうだろう?

2011年08月31日

社員旅行だぜ!

昨日まで社員旅行に淡路島を巡ってきた。今回で四回目。元々、自分で開業したのも楽しいことをみんなでやりたいという何とも欲張りな目的のため、ゆえに、塾の売上の多寡とはほぼ関係なく開塾当初からやっている。今年は四回目。昨年四国巡りがとにかく疲れた(当たり前、二泊三日だもん)ため反省も踏まえて淡路島という小さなエリアを余す所なく回った。しかし、とにかく暑い暑い!海水浴もスケジュールに入れたがやっぱり暑い!その事しか覚えていない。それと各テーマパーク、意外としょぼかったなぁ。まぁ、皆でワイワイ言いながら行くのには別に何でも良いのだが、平日という事もあってなのか、客も結構少なく「大丈夫かいな、ここ?」って言う感じだった。
今回は諸事情からオトコ二人と女四人という何ともハーレムな旅行だったがそれはそれで楽しかった。
さて、車の中で聞きまくっていたのがこれ。色々とやりたい曲もあったりして、ノリノリだったなぁ。

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