嗚呼、言霊の国か!
仕事の方が色々と忙しくってその上この猛暑。家でもなかなか睡眠時間が確保出来ずという状態。先日は古い部下が京都を離れるというので飲みに行ってプチ激励。ただ、ここ五年ほどしっかり話していなかったので、彼我の隔たりの大きさにやや愕然とした。元々そんなに頭が悪かったわけではないヤツなんだが、どうも議論の詰めがユルユル。私が今テーマにしている“自分の頭で考える”が実践出来ていない。
話自体は(飲みながらではあるが)多岐に渡った。地球温暖化の虚妄、喫煙問題、日本と世界の経済問題、国歌国旗の問題、哲学の問題、教育ー特に学習塾を取り巻く環境問題など。どれ一つ取っても話はほとんど噛み合わなかった。もうちょっと勉強しろ。
私自身は立場的にも「言い負かす」事が目的ではないので、これを機会に刺激を受けて学問の道に目覚める事を勧めた。
戦後日本ーこれについてしばらくずっと考えている。憲法問題。国の中にいる国民には基本的人権を認めるのに、国家主権は認めない、いびつな憲法。やたらに多い「権利」の割には「義務」はたったの三つだけ。それこそ律令同様に「お花畑」にいるような錯覚に囚われる。憲法が出来た頃には尖閣の問題も竹島の問題もなかった。それなら普通は法律を変えろよ、と言いたくなるが、日本では何と法律に現実を合わせようとする!そりゃ、無茶苦茶だろう。現実はお花畑ではなく、東アジアの一角を占める、地政学的には微妙な位置にある列島国家なんだから。
本来的にはこの理想と現実のバランスをずらしながら現実を改革したり、保守したりするのが「政治学」のはずなんだが、日本ではそのバランス(つまり二つのポイント)すらない。一気に「理想」論があらゆる現実を無視してまかり通る。そして、その周りに群がる利権のハイエナたちが、その理想を声高に叫ぶことでアンバランスを守る、つまり自分の利権を守るという、何ともヒドイ末期的な様相なのだ。
最近読んでいるのがこれ。これを読むと、つまり日本のサヨクって、新興宗教なんだよねぇ。イデオロギーの洗脳なんだ、とつくづく感じる。