先日、都雅都雅で行われた第2回のオヤジバンド合戦に参戦してきた。今回は2バンド掛け持ちという学園祭状態で、練習も休日のWヘッダーとなかなかハードだったが、全体としてはお客さん方(職員・生徒・その保護者・奥さんetc)に楽しんでもらえたのではないかと思う。帰ってビデオで演奏をチェックしながら一人反省会。自分自身の演奏に関してはとりあえず及第点ギリといった所かと思うが、バンドと都雅都雅の音に助けられている部分が多々あって感謝である。
古くは中学時代から始まった私自身の音楽活動であるが、断続的ではあるものの、もう三十五年程にもなるのだから驚きである。特に演奏に関してはほぼリードギター一筋。なかなかスジを通している。
数年前のマイケル・シェンカーとの出会いにより俄然本気度がupして今ではおそらく高校・大学時代以上にrockにのめり込んでいる。先月にはギター教室も塾で開講し、本当に端っこの端っこではあるが、プロギタリストの仲間入りまで果たしてしまった。
バンドリーダーである松坂さんとの出会い(彼と出会わなければバンド活動も再開していないし、今のバンドも当然ない)、同級生である佐々木女史(pick upのママ)との出会い(再会?高校時代は彼女はdisoで忙しくって学校サボリまくっていたのであまり印象には残っていないが…)も大きい。特に佐々木女史とは今では音楽kids育成という共通の夢においては同志のような関係でもある。
一人でも多くの若者が、音楽の素晴らしさに目覚め、自己表現手段を手に入れることで人生の困難を乗り切って行くことを願う。私自身は70~80年代のハードロックを通してその想いを伝道していきたい。キングクリムゾンの「風に語りて(I talk to the wind)」の詩である。
真っ直ぐに歩んできた男が遅れてやってきた男に問いただした
「お前、どこに行っていたんだ?」
「ボクは‘こっち’に行ったり、‘あっち’に行ったり、うろうろ歩き回っていたのさ」
わたしは風に語りかける
わたしの言葉は空の彼方
わたしは風に語りかける
風は何も答えてはくれない
時には回り道の人生も良い。どうしてそんなに生き急ぐのか?時にはレールをそれるのも良い。どうして、失敗を恐れる?人は「年をとって人は丸くなる」と言う。私にはその真意が分からない。私は、躊躇っているだけである。ロックンロールの叫びはどこに行った?ぐつぐつ煮えたぎるマグマのような‘怒り’と‘歓喜’のエネルギーをそれでもまだ私は自分の中に自覚している。
地位も財産も肩書きも過去の経歴も捨てて、今目も前にいる生身の肉体をもって、裸一貫で魅力的であること。それ以外に私の人生の意味はない。これこそが、私がrock musicから教わった「究極の奥義」である。