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2009年08月 アーカイブ

2009年08月03日

サマーキャンプ報告

積年の夢であった「お遊び」合宿をとうとう実施、先日まで琵琶湖で遊んできた。カヤックの乗って湖を遊覧、花火・シークレット・ライブ・摩訶不思議なトランプ占い・大富豪・肝試し・食事などなどどれを取っても実に思い出深いものばかり。結果的には花火の時以外は天候にも恵まれ、曇りがちの空だったおかげで体力の消耗も軽く、まさに何から何まで本当に遊びまくったという感じ。
「思い出をお金で買う事は出来ないが、思い出を作るチャンスはお金で買える」後はチャンスの見極めだけだ。我が塾のサマーキャンプは結構お勧めだがなぁ。
(もうすぐ、行事報告アルバムに写真が掲載されるだろうから、しばし待て)
次は月末の第2回の社員旅行である。トリを飾るのが、受験学年の「勉強マラソン合宿」なんとか、塾のイベント行事も段々形が出来てきた。

2009年08月04日

イーグル・アイ、傑作娯楽作品だ!

ミシェル・モナハンが好きだ。ミッション・インポッシブルⅢでかのイーサン・ハントの奥さんになったというのも、良かったが、(あの‘反則シーン’は本当にショックだった)たまたま見た「キスキスバンバン」が実に面白くって彼女の映画をチェックしていてやっと見たという感じ。内容はこれまた「ハンコック」同様、一級の娯楽作品。よく出来ている。面白い。特に中盤辺りまでの展開のハチャメチャさが楽しい。一体何がどうなっているのか分からないスリル。オチも含めて絶対お勧め。

2009年08月05日

スリザー;しっかりホラーです!

盟友綾辻氏の「ナゴムホラー」に出ていたので借りてみた。なかなか面白かった。不気味な人体変異は「遊星からの物体X」を思い出させるし、その顔だけ見るとムム?バスケットケース?また、入浴シーンではこれってエルム街?みたいな所もあり、全体のテンポ・展開も悪くない。主人公の女優さんがイマイチセクシーじゃないのが、たまに傷と行った所ではあるが、それ以外は結構楽しめる作品だった。

2009年08月06日

天皇制の問題

以前から何度か書いているように、日本史学会というものに私自身は信用を置いていない(まぁ、大した事ではないが)タイトルとパラパラ読みで内容を確かめると結構面白かった。古代王権が我々が考えている以上に脆弱でその支配範囲も狭いという推理は理に適っている。それ以外にも私自身の常識から考えて非常に納得出来るもの。良心的に歴史を読み解くと、きっとそうであったろうと予測させるものであり、それを筆写は文献で確かめながら論を進めていく。意外なのか、当然なのか、井沢歴史観の補強に結果的になっている。それを考えると、所謂「学会」のレベルの低さがまたまた明るみに出たという事か。例えば御醍醐の扱いにそれらがはっきり出ている。
歴史はやはりこうでないといけない。

2009年08月07日

お姉チャンバラ2;なんじゃこりゃ!

前作はそれなりに格好良いアクションシーンとちょっぴりお色気ムードありの、流行のホラーアクション映画に仕上がっていて、主人公の女性剣士がクールな感じ出していてとても良かったのだが、それに続いて見てみようと借りたが、何じゃこりゃ!っていう感じだった。夏の講習会中で毎日クソ忙しい時に夜の睡眠時間を割いてまで見る映画では全くない。ひどかった。ストーリーの緊張感もないし、アクションシーンも切れがない。演技も下手っぴ。見る価値があるのはそのナイスなバディ-だけというある意味、製作意図見栄見栄な映画。
その意味では決してあなたの期待を裏切らない。ただ、その期待がマイナスなだけだ。

2009年08月17日

休みも終わり

約十日間の長い夏休みも終わり、塾では今日から夏期講習会後半がスタートする。この夏は本当に十年ぶりぐらいに家で過ごした。キャンプにも行かない休みは一体何年ぶりか分からない。ただ、その間、数冊の読書、数本の映画、プール、カヤック乗り、カラオケ、女子バレー中継、バンド練習、バイク乗りと、まぁ、ふんだんに遊びまくった。振り返るに充実していたのではなかろうか。
選挙を間近に控えてカラオケでどうしても歌いたかったのが、これ。
NHKでは核に対する討論会が珍しく行われ、なかなか面白かった。私自身は一塾講師の立場上、あまり何も言う事はない。色々な立場で議論が行われる事こそが民主主義の本分。その中で、自分がどの立場を取るかはまたそれとは別問題である。右も左も「言霊信仰」を持っているレベルから一刻も早く脱却していきたいものである。

2009年08月18日

「常識」に戻る49歳

「逆説」シリーズを全部文庫で読んでしまい、次の文庫化までまだ時間が掛かりそうなので、久しぶりに読んだ。TVのニュースを見ていても平常心で見れる物がほとんどなくって、以前に書いたように自虐報道、偏向報道が目についてしょうがない。元を糾せば行き着く所は「歴史認識」の問題になり、その意味で彼の「逆説」シリーズはやはり凄いと思っている。
例えば、新型インフルエンザ感染の集団ヒステリー状態は一体今から思うと何だったんだろう?それこそTV画面に映る通勤列車とかで全員がマスクを付けていた。あれは‘異様’で‘ヒステリー’としか言いようがない。その上、それを「ヒステリー」と言った人(誰だっけ?沢尻エリカの旦那だったかな?)に皮肉なコメントを載せている評論家までいた。全く良識を疑う。
ただ、49歳にもなると、「だから日本はイヤだ!」という風に思考は向かわない。詰まる所、これが「日本人の民族性」なのだ。戦前の「戦争ムード」も然り、戦後の「平和主義」も然り、どれも感情的で、現実に立脚した‘思想’なんてありゃしない。私がその民族性に最初に気付いたのは、「学園紛争」の問題。今ではこれも一種の集団ヒステリーだったと言っても差し支えないと思うが、あの騒動を(自分なりに)総括した結論(と言っても私は安保世代ではないが)は「結局の所は‘あれ’は祭りだったのだ。‘革命’という名の神輿を担いでいただけで、おそらく本気で歴史を変えようとしていた人などいなかったのではなかろうか」という事であった。そして、それが分かって以来、団塊の世代に対する物の見方も全く変わってしまった。そう、憧れの対象から純和風の人々へ。まさにオイディプス王の如く、自分が最も忌み嫌う者になっていくという忌まわしい運命を担った人々へ。
私もまた純和風である。ただ、自覚している分だけ、他者と見方が違うように見えるだけである。そして、この‘自覚’こそが、今も昔も「哲学的営み」にあっては必須なのである。

2009年08月20日

綾瀬はるか;決まってるIchi

綾瀬はるかが結構好きだ。この映画は公開当時から気になっていてやっと一週間レンタルになったので、見た。予想通り殺陣もなかなか決まっていて良い感じ。最後に優しく、やや人懐っこくなるのが不要な感じがしないでもないが、まぁ、子供に好かれる女性ならばこんなものか。全体的には時代劇で旅から旅へというロードムービー調は成功していると思うし、綾瀬はるかも良い演技をしている。「修羅雪姫」の子(誰だったっけ?B型の子)以来の名演だろう。意外と格好良かったのは中村獅堂の悪役ぶり。窪塚も良い役をやっていた。全体的に日本の今の娯楽映画の水準を伺わせる作品だった。お勧め。

2009年08月21日

過激な独り言

最近仕事が忙しくって帰るのがいつも日付変更線をまたいでしまう。疲れて寝るその直前にそれでもギター練習をする僕って本当にエライ!来月再びライブがあるため、指慣らしのため、練習を欠かす事が出来ない(僕のパートはリード・ギター)
まぁ、会社のネットのニュース欄を見るにまたまた世間では相変わらず腹の立つ事ばかり。と言っても私の腹立ちの原因は一般の人々とは真逆。「どうして、人は正義の旗を振りかざして自分にとって全くの他者に向けて信じられないような残酷な仕打ちをするのだろう」という事。今日のニュースでも~がつかまった人に徹底的裁きを!なんて鼻息荒く言っているらしいという記事が載っていた。「お前、被害者でも何でもないじゃないか!」と、私は腹が立ってしょうがない。具体的な事を書くと検索でヒットしたらイヤなので、書かないが、私はこの一連の騒動にまたまた怒り心頭の日々である。そもそも、誰も被害者のいない犯罪行為など、例えるならスピード違反と同じじゃないか!やり過ぎると反社会的だって、彼女は仕事もずっとしてたんじゃないの?どこが反社会的なの?これからそうなるかもしれないというなら、酒でもタバコでも同じじゃないか、これから中毒になる(アル中、あるいはニコチン中毒)可能性なら。そもそも検挙数自体はドンドン減っているんだろう?どこが、反社会的なの?
マスコミ筆頭に‘いじめ体質’全開という報道合戦は一体何だろう?集団ヒステリーの去った後で、人知れず死亡者が出た新型インフルと同じく、騒ぐポイントがずれているんじゃないだろうか?そして、こういう集団ヒステリー体質こそは戦前戦後を通じて全く変わっていない日本人の最も醜い姿だと私は思っているのだ。誰かを犠牲者にしたて上げて(新型インフルの場合は大阪のどっかの学校の先生か誰か)、ここぞとばかり全く非人間的な罵詈雑言を浴びせかける。それも相手が反論出来っこない事を見越した上でだ。何という卑しい精神構造なんだろう。
その女性が逃走した一週間というのは当然隠蔽工作をしたのだろうが、もう一度書くが、誰か被害者出たのか?彼女の立場に立てば、そりゃ、隠蔽してちょっとでも罪が軽くなりたいだろう。当たり前じゃないか。誰か自分が彼女の立場にたっても即出頭するという人がいるんだろうか?もしもいたなら、ただの馬鹿だろう。それとも、悪人はもう人間扱いしてもらえないとでも言うのだろうか。それは戦前の‘非国民’思想と全く同じではないか?
自分は自分、他人は他人じゃないか。
書いていてもムカつく。
さて、この映画がお口直しに良いだろう。楽しいよ。

2009年08月24日

つくられた「環境問題」

相変わらずこの手の話題は大好きで出来るだけ買って読んでいるがこの本も実に面白かった。「地球温暖化」論もだいぶ議論の中では煮詰まってきて、例えば最近聞かないが一時話題だった「環境ホルモン」とか、いかがわしいエセ科学の典型である「水が字を読める」とかと全く同じ手合いである。つまり、エセ科学。南極は温暖化してもいないし、ダイオキシンも全く無害。海水面の上昇もないし、当然ツバルが沈む理由は地盤沈下でしかない。Co2が多すぎる訳でもないし、ゴミのリサイクルが既にいくつかの自治体で破綻しているという本も出されていた。
さぁ、環境保護派たちはどう言い逃れる?ちなみに武田邦彦氏によると1990年代以降日本でつくられた「環境問題」(存在していないあるいは既に日本では解決している問題)は「環境省」という役所に仕事を与えるためだとのこと。何も問題がないのに、省庁だけが存在しているため、まさに「地球の危機」をでっち上げたのである。もちろん、理由は利権のため。
今後の世の中の展開が面白い。例えば、ダイオキシンで国は1800億円(!)を投入した。某TVの所沢産ほうれんそうのダイオキシン報道では約三億円の損害が出たと言われる。(もちろん、このテレビ局は謝罪も何もしていない。悪質な捏造報道である)
どこかの党ではないが、本当、税金安くしろよ。(ちなみに京都の有料ゴミ袋は事実上の住民税の上乗せでしかない。どこか官報でいくら儲かったか出ていたが、どうして、市民に還元しないのか。ちなみにゴミを減らすのが目的で施行されたらしいが、ゴミが減った分、お金も浮くんじゃないのか?どうして、その浮いた分を市民がお金で払わなければならないんだ?一体、誰のための市制なんだ?)

2009年08月25日

真の「知識人」とは?

一時、「戦争論」三部作でにわか「小林よしのり」ファンになった私だが、久しぶりに彼の本を読んで、あのテンションが継続している事に感服した。彼ももう56歳(私の7歳上)、それにしても素晴らしいパワーである。今回のこの評論、「沖縄の集団自決」問題や「東京裁判」におけるパール判事の問題などを取り上げている。まぁ、細かい内容はさておいても実にサクサクと頭に入ってくる。読みやすい本だ。それにしても、彼の本を読むとつくづく一体この国はどうなってしまうんだろうと、暗澹たる気持ちになる。‘国益’という語がこの国ほど無視されている国は世界にも少なかろう。そう、彼も語っているが、皆個人が寄り合って社会-集団-国家を作ると思っているんだもん。悪いが、そんな事はありえない。戦後団塊の世代が広めた薄められたサヨク思想がこの国をどのように導くのか、そして、そのもつれたゴルギアスの結び目を誰かがほどく時はやって来るのだろうか?

2009年08月27日

「政治」の問題

中年オヤジが読む本としてはやや刺激が強すぎる。読むと気が滅入るとともに、何とも国の未来に対して絶望感が沸き起こってくる。一体、戦後この国はいまだ精神的な占領状態をいつまで続けるつもりなのか。おそらくこのまま崩壊まで行ってしまうんだろうなぁ、という絶望感。内容は戦後の日本の政界に巣食った売国政治家の列挙。1位2位は私でも挙げる。とにかく、国際政治における国益に関してあまりの無知と恥知らずに憤りを越えて呆れてしまう。こいつらこれでもプロの政治家と言えるのか?
今は選挙前(私は既に投票を済ませたが)なので、厳しい事を書かないが、現状に関してもあまりにヒドイ惨状は目を覆うばかり。皆給付金の多寡で支持政党を判断する(まぁ、それぐらいしか区別がない)という全く学級会並みのレベルの低さである。
本来、政治というジャンルが持っていた「未来の社会に対する前向きかつ真剣な眼差し」はどこに行ったのだろうか?そう遠くない昔、尊王だ、攘夷だと言って命がけで国家の未来を憂うる人々がいた事がまるで異国のようである、そう戦後日本は名前は同じでももうかつての「日本」ではないのだ。かつての日本はどこに行ったって?当然、五十年も前に滅亡したのである。

2009年08月28日

大切な事はお金で買えない!

昨日の続き。売国政治家に関する論評を読んでいてつくづく感じるのは、どんな分野でも本当に大切なことはお金では買えない、というこの事実が戦後如何に軽視されてきたのかという事実である。宮崎県知事が自民党総裁になるならという条件を出した時、誰かが総理は命掛けでやるものでけしからん、みたいな発言をしていたが、その言葉には誰も異議を挟まなかったと記憶している。つまり「知事」という仕事は命がけでやるものじゃない、と言った訳でこれって本当は実に失礼な発言である。そう、あらゆる職業、皆命がけだろう。もちろん、そんな事はない、~という仕事では不祥事だらけじゃないか、という反論が出そうだが、それはあくまでも個人の問題。警官でも命がけでない者もいるし、自衛官だって同じ。教育業界でも、子どものことを考えない塾教師なんて一杯いる。問題は個人の倫理観、美学の問題である。
もう一つ。私自身は当たり前だと思っていた事として言うと、恋愛はお金では買えない。もしも、恋愛と結婚をつなげたいなら、男の年収など全く条件にならないはずである。これはある意味ネット廃人から現代の婚活女性まで共通してコミュニケーションというものが分かっていない/したがらない証拠なのである。おそらく社会が成熟するとそうなっていくものなのだろうか?個人にとって、最も忌み嫌うべきものは間違いなく自分の思い通りにならない‘他者’の存在。しかし、それをお金や地位で評価するのは分かりやすいが、それ以前に「評価する自分」は果たして正しいのか、という真っ当な疑問を無視した所にコミュニケーション排除の思想が生まれる。
私は人をお金と地位で評価するが、人には人柄で評価してほしい、とは全くムシの良い自己中心主義に過ぎない。

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