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2009年04月 アーカイブ

2009年04月01日

5月17日、オヤジバンド合戦!ライブ

講習会の合間にも関わらず、毎夜帰るとみっちり1時間はギターの練習。肩が凝って(立って練習している)しんどいんだが、止められない。家にスタジオがあったらきっとこもっているだろうと思われるほどの練習ぶりである。
気が付くと月が改まり4月に。私の誕生日が間近に迫っており(と言う事は娘の誕生日も)、いよいよ49歳も秒読み段階だが、まぁ、だからと言ってそれがどうした、という感じである。
仕事の方は一進一退。この時期にしては苦戦しているというのが正直な感想だが、昨日も業界の方と話していると、「どこも一緒ですよ」との事。まだ、ウチなど手応えがあるだけましなのかもしれない。嗚呼、これが不況という事なのか、という感じだ。
ただ、日々の業務は待ってはくれない。着々と準備を進めていることもあり、短期目標から中期展望に立った業務を今年からスタートさせていく。まだまだ予断を許さないものの、自分の中でのパースペクティブは明確なので、さほど不安はない。
5月17日(日)はあこがれの都雅都雅での「オヤジバンド合戦」トップバッターでの出場である。ライブの惹句は「不景気を吹き飛ばせ!熱く燃えるオヤジ達の競演」
良い台詞だ。燃えてやろうじゃないか!乞、御期待。夜露死苦!

2009年04月06日

バンテージ・ポイント

この土日はそれなりに遊び倒した。土曜日が中野ゼミナールの講師研修会。終了後、予定していた花見は雨で流れて急遽、近所のボーリング場でボーリング大会。(ちなみに3試合やってすべて私がトップスコアー)大学一回生の新人も含め、なかなかノリが良くって、良い感じになってきた。秋の社員旅行が今から楽しみである。
翌日曜日は朝からほぼ一ヶ月ぶりのバンド練習。これがまた興奮で、音が明らかに良くなっている。やっと、バンドとしての音のまとまりが出来てきたと同時に憧れの「ロック・ボトム」も一発で音合わせが終了。なかなかの仕上がりだった。こちらはライブが本当、楽しみ。帰って娘の服を買いに出て、それから映画を2本見てご就寝。クタクタ兼足に身がイって痛い痛い兼、左指が久しぶりに皮めくれた。でも、それなりに充実の休暇だった。
世間ではとうとう北朝鮮のミサイル発射。会話の通じない隣人ぶりを遺憾なく発揮していた。(それでも、まだ‘護憲’とか‘対話・協調’とか言っているのがいるのが驚きだ)極東の島国という地政学的な利点と韓米にはさまれてたまたま平和が維持できたに過ぎない歴史的な幸運をいまだに「平和憲法のおかげ」などとピントはずれの議論がいまだにあるのが、笑止である。ちなみに北朝鮮のトンデモナサがやっと分かったというようなレベルの話も全く賛成できない。拉致問題が明るみに出た時点でそんなこと予測できることだし、もっと残酷に言うなら肝心な話になると何でも金で解決したがる日本も外国から見れば違う意味で十分トンデモナイ国だという自覚は持っておいた方が良くはないか。二十代の世間知らずが‘理想の彼女’を求めているように理想の国家像をどれほど語ったところで現実にそんな国や平和は存在しないし、我々に出来るのはどの程度のトンデモナサ、その領域のいやらしさなら国民として許せるのか、ということだけじゃないのか。
ともかく、色々とあった土日は楽しかった。あーしんど。

2009年04月07日

‘叫’怖いけど難解!

「黒沢清の最怖ホラー」みたいな帯につられて借りてみた。内容的には黒沢映画独特の宙ぶらりんというか、映画っぽくないリアルな物語が展開していく中で、奇妙なオカルト風味が混じってくる。ウ~ン、確かに怖いのは怖いが、どうも難解すぎて、イマイチ「テーマ」がよく掴めない。そういう意味ではやや迷いのある映画って言ったら失礼かな?まぁ、しかし赤い服の女はなかなか視覚的には来る。

2009年04月09日

未納が増えて困るのは本人だけ!

長い、挑発的なタイトルのベストセラー本。年金問題は社保庁のシステム疲弊があまりにもひどくってその本質的な問題が見えなくなっている。(その意味でも社保庁の一連の問題は皆が考えている以上に重大犯罪だ)様々な社会問題がその杜撰なシステム管理上の問題を次々暴露されて戦後の日本の統治システム自体の問題として語られるがその割には社会生活は別にいつも通り進んで行く。皆目を覚ませ!と言いたくなる訳だが、実はシステムそのものは全く健全に機能していますよ、と言うのが本書の主張。明快だし、論理的。人間は本質的に不合理な生き物であるがゆえに、「宝くじに夢を買う」という、何とも非合理的な選択を平然とする。塾の通信誌(父母宛;HPに載っている)にも書いたように、貧しい人ほど宝くじを買いたがり、お金を持っている人ほど宝くじを買わない傾向がある。つまり合理的な判断が出来ない/しないのだ。そこには自分の立場(「お金持ちになりたい」とか何とか)からのバイアスがかかって世界を見るということになり(正に人は「自分の見たいものしか見ない」)、最終的にはこの人間的性向こそが、数学的な思考の対極にあるものである。
と言う事で次には教育と、そこで生きる(生きざるをえぬ)人の生き方論を読むことにしよう。そうそう、この本はまあまあ。一日で読んだが、既知の内容がほとんどだった。

2009年04月13日

後味の悪い映画No1、「ミスト」

驚愕のラスト15分、みたいな台詞に魅かれて見てみたが、何じゃこりゃ!とてつもなく後味の悪い終わり方。一般的なホラー映画のフィクション性がなく、どこまでもリアルであるだけに酷い。この絶望感こそが、この話のテーマならば本当にスティーブン・キングは人が悪いというか、まぁ、心理的なホラーとしては間違いなく第一級の作品だと思うが、何というか、人にはあまり勧められないなぁ。それこそ、トラウマになりそう。

2009年04月14日

ブラッド・パラダイスこんなのイヤ!

見るからにヤバそうなジャケット。タイトルもB級ホラーの臭いプンプン。それなりのスプラッターを期待して見たにもかかわらず、何か違う。映画そのものの造りがまとも過ぎる、つまりホラーじゃないぞ!これ。真面目にサスペンス映画だった。ちょっぴりスプラッターシーンもない訳ではないが、あくまでも映画のテーマは臓器売買とそこから逃げる青年達の逃走劇。それがブラジルの美しい大自然の中で繰り広げられるというまぁ、普通の映画。殺しもないし、ほとんど裸もない。最後まで見て本当にびっくり仰天だった。ある意味で、時間がもったいない。映画会社の罠にはまったって感じ。

2009年04月15日

人間;この不合理なるもの

今更であるが、ホラー映画が好きだ。いや、愛していると言ってもいい。見る映画のほぼ7割近くはホラー。あと2割くらいはアクションと話題作。非常に分かりやすい。ところで、昨夜これを見た。80年代後半の「ハロウィン」以来のアメリカのスラッシャー映画(別名;切株映画)大全集という感じのドキュメント。私自身がすべて見ている訳ではないので、それなりに発見があると共に、このホラー映画への愛情の深さにはググッと来るものがある。
タイトルにもあるように、人間とはとにかく不合理な生き物で、モダニスト(近代主義者)達に最も分からない所なんだが、元々人間というのはそういう生き物なのである。悪い事をしたくってしょうがない、仕事や勉強などしたくない、合理的な判断など誰しもクソ食らえ!と思っているもう一人の自分がいるはずなのである。それを認めるかどうかは、大きくは「人間観」の問題なのだろうが、私にはどう見てもモダニズム(人間は皆進歩、成長を望んで環境さえ許せばドンドン良く生きようとする)が理解出来ないのだ。こういう輩が現実のおぞましい事実を見ると、「それは人間が悪いのではなく、環境が悪い、社会が悪い」と叫び出すのである。「現実というのは、そういうもんなんだよ」と諭してやっても聞こうともしない。(もちろん、私は諭さないが)よく男女でも「嫌な所を許せる、認めるのが‘愛’だ」などと言っていたが、それ風に言うと、モダニストというのは、人間への愛が足りないのである。ホラー映画を見ながら私はいつも人間への愛を確かめる。こんなにイヤらしいけど、でも好きとか、こんなにどうしょうもないけど、でも好きとか言った感じである。僕ってMか?

2009年04月18日

悪夢の卒業式か…

スラッシャー映画関連で見たのがこれ。アメリカのとある田舎の高校で、陸上部所属の卒業生が次々と惨殺される、犯人は誰か?みたいなイタリアのジャーロみたいな展開なんだが、登場人物たちは皆高校生、舞台も学校。少なくとも五~六人は殺しているのに、捜査は行方不明の探索だけ。まぁ、つまりもう一つ、工夫に欠ける。凶器はフェンシングの剣なんだが、これもやや飛躍している。出てくる人物の描き方も浅いので、ほとんど共感も出来ず。B級と言えばそれまでだが、何とも中途半端な映画だった。音楽だけ、えらく印象に残る。

2009年04月20日

春の大バーベキュー大会終了!

昨日は塾主催のバーベキュー大会、盛況に終わった。保護者がご夫婦で来られたり、生徒とその友人達、先生も含めて総勢30人強。色んな話もしたし、天気も良かったし、とても楽しかった。食い物類はほとんど完売。さすがに中学生たち、よく食うなぁ。
私は帰って、スタジオへ。来月のライブのための練習に、これからは毎週スタジオ入りである。もう一歩上達して、ステージ上で余裕をかませる位にはなりたいのだが、まだそういう訳にはいかない。とにかく、一日中また遊んでしまって楽しかった。※もうすぐ行事報告アルバムに載せますので、宜しく。

2009年04月21日

桶狭間の実相

ほとんど一ヶ月近くかかって読み切った。桶狭間は信長が華々しく日本の戦国史にデビューを果たした戦争だが、その実態はあまりよく分かっていない。今川義元が何をしに尾張に侵入したのか、その兵員は、あるいは信長は(これまでは奇襲と言われていたが)どのように戦ったのか?実は分からない事だらけなのである。という事もあって、しっかり知りたいと思って買った。最近は本能寺も明智光秀の子孫という方がその謎を解明しようとしている。そう、歴史こそは正真正銘、本物の、ミステリーである。この本でも、実に微に入り細を穿って分析を進める。以前からも書いているように、現代の日本史研究に疑問を持つ私としては、こういった市井の歴史学者の本にこそ本当の歴史への愛を感じる。だいたい、信長が父信秀の位牌に灰を投げつけたという有名なエピソード(本当かどうかは知らないけれど)一つ取っても、今の中学生で知っている者はいるのだろうか。とにかく、そこで、若き日の信長、そして父信秀の正に命がけの権謀術数の日々と、それを虎視眈々と狙う今川義元という図式が徐々に明らかになっていく。実際その後の信長を知る者にとっては想像も出来ないようなそれこそ一つひとつの村の取り合いのような毎日をザッと数十年も繰り返していく中で、我々の知る、‘織田信長’が忽然と現れるのである。
この世に生まれつきの天才などいない、という事をありありと示してくれる、一級本である。

2009年04月22日

漢検問題に思うこと

保護者宛に書いている「ゼミ通信」にはちょこっと載せたが、漢検問題に関して、私の想像通りの嫌な展開になっている。そもそも、今になってなぜ、明るみに出たのか?公益法人の財務を精査する仕組みが今の日本に本当にあるのか、マスコミが真に追求するべき問題はこのことのはずである。前理事長のふしだらな経理操作はおいおい刑事責任まで問われることになるのだろうから、はっきり言って一般庶民である私としてはその後はあまりどうでも良い。問題はおそらく漢検が存続するのか、しないのか、そして、他の公益法人もその名を借りて利益を出しているところがありはしないか、という事だろう。
中には「片棒を担ぐな」みたいな意見までネットのニュースでは取り上げられて、漢検を実施している塾にまで怒鳴り込む親がいるとか。ピントはずれも良いところである。いつの時代にも犠牲になるのは、子どもである。私自身、国語教師として漢字を愛する者の一人であるがゆえに、思う。協会批判の声が高まって、漢字検定自体の存続が危うくなる事が今の私の最大の懸念である。(我が塾は準会場ではないから何ら実益も実害もないのだが)
一つひとつの意見がたとえ正しくてもそれが何千、何万となるとれっきとした言葉の暴力に転化する。何度でも書くが、そういう追求の仕方が「いじめ」の心理構造の原因であると私は以前から言っている。そして、記者会見に臨んだマスコミ達に思うのは、「自分は正しい」と思った時、人間はどこまでも(本当に‘どこまでも’である。疑うなら「ミスト」を見ろ)残虐になれる動物なのである。そして、その程度の自覚、自制心を持つ人を「大人」と呼ぶのだ。もっとみんな勉強して大人の対応をしろよ、これが漢検問題に思うことである。

2009年04月23日

今度はSMAPかい!

先日、漢検問題に関して書いていると、今度はSMAPの草なぎ剛の酔っ払い騒動勃発!でも、酒に酔って全裸になるのは、「人間のクズ」(鳩山総務相言)なんだろうか?なんか、やっぱりその感想に大人げなさを私は感じてしまう。酒に酔うことも許されない社会ーもうそれは狂気の一歩手前だろうと私は感じる。嫌なもの、醜いもの、枠からはずれたものに対する容赦ない糾弾。一体、誰がそれで得をするというのか?単に我々自身の首を自分で絞めているに過ぎないことに気付かないのだろうか。私はSMAPや草なぎのファンという訳でもないが、「大目に見てやる」とか、「見て見ぬふりをする」とか「そっとしておいてやる」とかいう穏便な、かどの立たない対応が適切なんじゃないのかと思うんだが、皆さんはどうだろう。もう一度書くが、自分が正しいと信じている時、人はどこまでも残虐になれる。自分でなくってよかったと、ホッと胸をなでおろす程度の反応で良いじゃないか。

今度はSMAPかい;補足

草なぎ剛容疑者(34)は警視庁赤坂署の調べに対し、「全裸になりました」と容疑を認めている。そうかあ、なっちゃったかぁ。…「裸になったことは反省している。何で裸になったかは覚えていない」と供述している。よく読むと、全裸…つまり、丸はだか、スッポンポン、ふりチンになったと。その上、何で裸になったか覚えていない!はっきり言う。原因はストレスではない。単に酔っ払って気持ち良かったんだ。少々酔ってもトランクスまで脱ぐか?ストレス発散のために全裸になったヤツなど聞いた事もない。きっと、酒席がとても楽しかったのだろう。ああ、羨ましい。オレも参加して笑い転げたかった。目に浮かぶじゃないか。

2009年04月24日

制服サバイガール!

久々のB級以下の映画。「片腕マシンガール」の横にあったので、微妙に期待して見たが、これがなかなか酷かった。とにかく脚本が滅茶苦茶。物語的な整合性もあまりないし、展開に関しての突っ込み所満載。いわゆるグラドル出して、キャアキャア叫ばせればとにかく良いや、みたいなノリなのか、演技も見ていられない。特撮も酷い。よく言うホラーへの「愛」が足りないよ。せめて「お姉チャンバラ」程度には頑張ってくれよ。予算なかったのかもしれないけど…。

2009年04月25日

「宇宙征服」したいか!

ライブの「ストレンジャー・イン・ザ・ナイト」以来、UFO(グループ名;マイケル・シェンカーが属していたイギリスのバンド)に嵌りっぱなしである(軽く毎日聞いている)。それで、この機会に全部買っちゃえ!という事でその第一弾がこれ。「ロック・ボトム」で最高のギターを聞かせてくれるマイケル・シェンカーだが、次の練習曲は「Only you can rock me」。とにかくそのリフの格好良さとソロの流麗さは他の追随を許さない。もう長くない人生、死ぬまで聞き続けてもきっと飽きないだろうなぁ。(奥さんに言ったら、「そう。羨ましいなぁ」と表情一つ変えずに言われた。クソッ。馬鹿にしやがって!)
ちなみに娘はそろそろグーチョコランタンを卒業しつつあって、次はプリキュア(よくは知らないが。「悪いの悪いの飛んでいけ!」とか言ってるヤツ)に嵌りつつある。家族揃って、どうなってるんだか。

2009年04月27日

丑三つ(=鬼)の村!

日本の犯罪史上に名高い津山三十人殺しの完全映画化。戦中の岡山の山村の何とも言えない閉塞感から始まって最後のとにかく本当に殺しまくりシーンまで、つまりホラー映画ではない訳だが、何とも声を失う内容である。主人公の古尾谷雅人も自殺したそうだし、ある意味‘呪われた’映画とも言える。主人公が殺戮を続けるシーンでも、しっかりと殺す相手とそうでない相手を見分けているのも驚きだし、これぞまさに‘人間的狂気’の見本であろう。また、田中美佐子がまだ二十代で実に可愛らしい。
ちなみにタイトル「丑三つ」はもちろん「草木も眠る丑三つ時」から取られたのだが、「丑三つ」というのは古典では「丑寅の刻」昔は時刻と方位を両方とも十二支で表したので、言葉を換えれば「鬼門の刻」という事になる。つまり、「鬼」の暗喩である。ちなみに私のペンネーム「艮;うしとら=丑寅」もここから採った。

2009年04月28日

会社に人生を預ける?

タイトルに魅かれて数年ぶりに買ったビジネス書(自己啓発書?)だったが、やはりあまり面白くなかった。だいたい「リスク・リテラシー」というたった一つの概念だけで様々な(それこそ個人の人生から日本の統治システムまで)現代の諸問題を解決しようとすること自体が根本的に無理。一つひとつの論題自体、もうちょっと詰めて考えないと全体的に実に中途半端である。例えば、個人にはリスクを負えというなら、なぜ政府が小さい政府化することに反対なのか、明らかに矛盾がある。また、会社に人生を預けない人生が一番幸せな人生だと思う事もあまりに短絡的。人生のひだというか、機微をもう少し理解して考えてほしいところである。

2009年04月29日

フォース・イット;マイケル・シェンカー最高!

マイケル・シェンカー在籍時のUFO第3弾。楽曲がそれぞれ良く出来ていて、派手な曲はないものの、聞き飽きない。個人的には「マザー・メアリー」と「ディス・キッズ」のリフのヘビーさがお気に入りだが、全体的にはよくまとまっている。何度も書いてきたように毎日1時間のギター練習はいまだに続いており(まぁ、この持続力だけは本当に自慢だ)、あの名曲「アームド・アンド・レディー」も徐々にではあるが余裕で弾けるようになってきた。こうして自分が上手くなっているのが今は楽しくってしょうがない。(それでも弾けない曲がまだまだ一杯ある!クソ!)TVで敬愛するクリント・イーストウッドが人生処方として「とにかく何事にも興味を持つことだ」みたいな台詞を言っていた。彼の言葉として聞くと本当に重い。そう、何事も嫌がらず、やってみる。面白いと思ったら、何があっても辞めない。とにかく己の平凡さ、無能さをしっかり自覚して何十遍でも何百遍でもひたすら練習し続ける事。今の私は、ライブ本番に私にもミューズ(神)が降り立ってくれることを願うばかりである。

2009年04月30日

突然のセッションに!

昨夜はライブの打ち合わせを兼ねて、live&bar「pick up」へ。keikoさん(オーナー;同級生)と話していると若い二人組が何か演奏したいという事で、急遽「let it be」をやる事に。それならギター弾こうかという事で突然のセッション・タイム。一曲だけだったがなかなかうまく出来た。一応耳で曲調を聞けば、リード・ギターは何でもすぐに合わせられるんだが、全然知らない人とセッションするのは初めて。とても面白かった。
音楽の醍醐味は何と言ってもセッションというか、他の楽器と合わせて一つの曲が出来ていくその過程。そういうフリーセッションに来て、ガンガン弾きまくってと言われたが、ちょこっと考えてみようかな?誰か行かない?

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