様々な局面で様々な展開があった一週間だった。センター試験が終了し、悲喜こもごも、二週間にまたがった大きな仕事をやっと済ませ、言っている間に今度は中学生の受験直前。中学受験生には面談をやり、まぁ色々忙しかった。その間、ライブ準備にギター練習をスタートさせ、昨夜はマルチエフェクターで音作り。
合間合間に読んでいるのが、「哲学的思考」現象学の入門書である。学生時代はこれでも哲学徒だった私はいまだにヘーゲルやフッサール辺りの卒論に書いた哲学者についての本は時々読みたくなる。なまった頭には良い柔軟運動である。中身は恐ろしく難しい。所謂「主客問題のアポリア」について現象学は如何に対応したか。昨日は現象学的(超越論的)還元に関する件を十年ぶりくらいに読んだ。まぁ、凄い世界である。
ところで、世間は不況の一色である。派遣村も良いし、転職も良い。ただ、自分の人生はたった一回しかない。歴史の大きな流れとは別個に今日もメシを食わなければ人は生きていけないし、どんなにつまらない事でも生きがいを持たねば生きているエネルギー自体がいつかは枯渇してくる。かつてケネディが言った言葉を使うと、あまり国や公共政策をあてにしない方が良いと思う。所詮他人だし。何だか、今の日本にしろ世界にしろ、個人の自律の価値を軽視する傾向がありはしないか、もちろん、自律力を弱めるような政策が今まで取られてきたという前提での話だけれど。
昨日久しぶりに町に出てみると、学生がデモをやっていた。(後で知った所によると留学生達が円高で生活が苦しくなってだそうだ)私は決して強者ではないし、人生の成功者でもない市井の一般市民でしかないが、ああして団体を組んで何かを誰かに訴えるという神経が理解できない。どこまで行っても私の問題は私のものではないか。何を他人と共有出来るというのか。もちろん、私が最も忌み嫌うのはそういった貧しい留学生をそそのかす日本人学生なんだが。「自分のことぐらい自分でしろよ、大学生にもなったんだから。それが日本の流儀だ」ぐらい言ってやれよ。