竹島の領有権に関してアメリカが韓国の主張を認めた。国家の成立要件である国土・国民・主権から考えるとこれは実際には日本国家に対する挑発行為な訳だが、どういう訳か、日本ではこれを契機に暴動が起こった等という話は出ない。戦後の日本が決定的に失ったものは「ナショナリズム」ではないか、公共心の欠如と言い、道徳、治安様々な表現がされるが、端的に言うと剥き出しの個人が自分の生活基盤を延長した先に国家を見ていないという状況なのである。だから、国民もマスコミも竹島問題よりも亀田問題に意見を言う。どうでも良いと私は思うが、どうでも良いというならどちらもどうでも良いという話になって結局気になることから優先的に言語化されてきたというのが、今の日本の姿だ。
何とも腑抜け、お人よし国家日本よ、おそらく環境問題などという実態のない問題に騒いでいる内に我々の子孫に残すべき最も大切なもの(生きる権利)すら近隣諸国に奪われるかもしれないのだ。
しかし、もう一方リバタリアニズムの視点で考えると、それほど日本は進歩してしまっているのかもしれない。もう、国などどうでも良い、自分と家族だけ生きていければ良い、そう思っているのかもしれない。実際リバタリアニズム的には国家など不要である。ついでに、役所などなくても我々の生活は成り立つし、正当な理由の税金など歴史上存在した試しはない。すべて国家的エゴによる搾取を正当化しているだけである。その視点からは竹島問題などまさにどうでも良いと言える。欲しかったらやれば良い。そんなつまらない事にこだわって有為の人材あるいは才能が停滞する方が国家的損失だとも言える。
夜が涼しくなってくると無性に勉強したくなってきた。
誰か海行かない?