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2008年06月 アーカイブ

2008年06月01日

PANTA&HALのライブ!

PANTA&HALのライブDVDを購入した。東京のどっかの大学の講堂でのライブ。若かりし頃の宇崎竜童が司会をして、まずは「マラーズパーラー」。70年代初期の古臭い映像と見ていても明らかにリードが入るタイミングがあってなかったりするんだが、それでも我があこがれのバンド、パンタ&ハルの生映像を生まれて初めて見た。何ともスゴイ時代になったものだ。そして、肝心の音楽は…やっぱり凄かった。曲自体は4曲ぐらいしかないんだが、その確かな楽曲は今聞いても聞き応えがある。
ちなみに「つれなのふりや」は、今のバンドで是非カバーしたいなぁ。(知らない人には何書いているのか、全く分からないだろうが)

2008年06月02日

ゴースト・ライダーご都合主義的な!

またまたマーベルコミックの映画化。内容自体は…これはビミョウだぞ!全然面白くないぞ。役者もそれなり(ニコラス刑事にセクシーな女優)、映像もそれなり(バイクの変身(?)シーンも格好良い)、なのに、なんで?ストーリーがゴチャゴチャし過ぎているのと、敵役キャラが弱い(力も弱い)。女性(何度も言うがセクシー)が二度も約束をドタキャンされて、それでも「愛している」って、何とも説得力に欠けるし。もう少し映画ならではの展開を考えて欲しい所だ。それと、ニコラス刑事、カツラ被ってる!

2008年06月04日

賢者の海外投資術

橘玲氏の著作はほとんどすべて読んでいる。これは新刊。どうしてこんなに面白いんだろう?とにかく頭が切れる。それと、視点がとても大人である(例えばこういう言葉「人生の喜びの多くは、金銭では購えないものである。それと同時に、人生における経済的な問題は経済合理的に考え行動することでしか解決しない。市場はあなたの思想信条にはなんの興味もなく、資本を有効に活用できる参加者にもっとも多くの冨を分配するシステムである。この単純な真理を、私たちはおうおうにして忘れてしまう。」)おそらく本当に成熟するというのはこういうことなんだろう。思想的・精神的なだけではなく、決定的に経済的に独立していること。以前のベストセラーになった「~黄金の羽の拾い方」にショックを受け、自分の考え方を大きく転換させたが、この本もそれに次ぐ大転換を求めている。そう、実際今我々の知らない所では既に大転換が起こっている。すべての社会人に勧める。
合言葉は「No money, No freedom!」だ。

「タスポ」について一言

「タスポ」について一言述べる。何でこんなものが必要なんだ?私は一愛煙家として言うが、「未成年者」に吸わせない等という全く取るに足らない理由でどうしてみんな何も言わないんだ?だいたい、それならコンビニで買えば良いじゃないか。それより何より、こういった事に国が介入するべきではなかろう(国かどうか知らないが)これにしても、自販機会社の利権問題でしかないじゃないか!吸うか吸わないかは個人の自由だろう。どうして、タバコを吸う事に関連して個人情報を外に流さなければならないんだ?九州のお店で自販機にタスポを吊るすという人がいたらしい。素晴らしい。全国の自販機で全部タスポ付きにしたら、どうだろう?実に楽しいじゃないか。

2008年06月07日

金融リテラシーを考える

「ヤバい経済学」以来、経済学の勉強に嵌っていて、読み終わるのが例によって橘玲のこれ。ズブの素人が如何にして投資戦略を立てるのが最も経済合理的なのか。おそらくこれほど簡明に書いている本はないだろう。流行のFXや当て物感覚の株投資、デイトレなどがしっかり自分のモノにしたいなら、この本を読むべきだ。この投資というギャンブル、なかなか奥が深いぞ。

2008年06月09日

祝!男子バレーオリンピック出場!

世の中本当に騒がしい事だ。通り魔殺人のニュースも全く知らず、私はバンドの練習でスタジオ入り。難曲を一応皆に助けられながらそれでも演奏した。(より一層の練習が必要なのを痛感したが、左肩が痛い!)帰って夜に男子バレーを見てニュースを続けて観ていて初めて秋葉原の事件を知った。女子バレーの北京出場はどうもイマイチ喜べなくて(あまりに仕組まれているっていうか、ほぼ全試合見たがやっぱりどうもメダルは厳しそうだし…)、男子もあまり期待していなかったんだが、オリンピックが決まる試合からまた急に見出した。16年ぶりの弱小グループが再び桧舞台に返り咲くって、なんかドラマだなぁと感じる。試合を見ていたが、なかなかどうして、結構良い線行ってるんじゃない?私は清水(ゴリ)のファンだが。
通り魔事件にはあまりコメントはない。殺された方々はたまらんやろなぁと思うし、その家族の無念もトンデモナイと思うし。桜井よし子もコメントしていたが、社会全体がやはり病んでいるんだろう。

2008年06月12日

何とも慌しい日々

ドタバタと忙しい日々が続いている。以前から通信制高校の授業のために朝出勤だったのが、家の事情で週の半分は朝6:30起きになり、とにかく眠い。言っている内に父母面談週間が始まり、色々な高校の入試説明会が始まり、ア~、困ったことだ。頑張って映画見たり、本読んだりはしているが、なかなか今までのペースにならないのがつらい所。そう言っている内にバイクが直り、目の前に夏!もう、ゆっくり家にもいてられない。今年の夏は無人島キャンプとバンドの合宿練習、社員旅行が控えていて、本当に息つく暇なし状態である。そして、海!小説!貧乏ヒマなしとはよく言ったものだ。

2008年06月13日

「隠し砦の三悪人」を見たぞ!

と言っても黒澤原作版の方だが。もちろん、白黒。今見ると幾つも突っ込み所もあるし、展開もとてもスローテンポなんだが、見ていてハタと気が付いた。この映画のテンポが遅いんじゃない、自分のテンポが速すぎるんだ!これまでの日本映画の(ひいては日本の)テンポ、リズムなのだ。今の観客(つまり私)は場面が見ている間に変化したり、問題が起こったり、解決したりが、それこそ見ている瞬間(そう、せいぜい数十秒)に起こらないとダレてしまう。(僕だけか?)おそらく今度のリメイク版(長沢まさみのヤツ)でも、90分程度ではなかろうか。原作版は130分。2/3に圧縮されているのだ。その事に気付いてちょっと愕然とした。
内容は、…面白い。「スターウォーズ」や「インディージョーンズ」に様々な要素をパクられたらしいが、さもありなん。登場人物のキャラも良いし、ほとんど素人同然だったらしい姫役の女優も演技はなってない(台詞はすべて怒鳴ってるんだもの)にもかかわらず、登場の仕方から最後まで実に格好良い。(長澤、大丈夫か!)三船敏郎の馬上シーンも良いし、黒澤作品によくある事だが、印象に残るシーンがいくつもある。これが1956年(私すら生まれていない!)という、今から50年前に作ったんだから恐れ入る。ちなみに映画史的にも当時、娯楽冒険活劇みたいな映画をちっちゃな東洋の島国で作られた事で話題になったらしい。リメイク版もこの原作版を見るための橋渡しになるなら、良いんじゃない?

オヤコの意思伝達

秋葉原の事件で犯人が供述で親子関係の事を語り出したとの事。そう言うと…、マンションで女性をバラバラにした事件でも親の事を聞かれると犯人は切れた、みたいな事が書いてあったなぁ。凄惨な事件(片やバラバラ殺人、片や無差別殺人)の背景に奇しくもいびつな親子関係が共通項として浮き彫りになりつつある。「いびつ」と言っても、内実は分からない、明らかな家庭内暴力でもない限り、ディスコミュニケーションの問題という事だ。つまり親とのコミュニケーションがしっかり取れなかったために多くの人が巻き添えをくらったという結果とも取れる。
痛ましい。親子は、世代も全く違うし、文化背景も実は違う。その上、関係を構築する前提(親にとっては子どもはすべてだが、子どもにとってはいつか去っていく人)が違うゆえ、どうしてもそのコミュニケーションは難しい。私自身、職業柄親からも子からも悩み相談を聞く機会があるが、土台こういった問題に適切なアドバイスなど無理だと観念している。
時々少々の胸の痛みと共に両親のことを思い出す。傍若無人な青春を過ごし、心配をかけまくった末に私が一人前になりつつある矢先に他界していった。「もっと親孝行を…」この、取り返しの付かない後悔感覚が今でも自分を責める。
現代。尊敬する人は?と聞かれて臆面もなく「両親」と答え、一方でうまくいかない人たちが人まで殺す。良くも悪くもヒトとの距離が近過ぎるのだ。
私が不良街道まっしぐらに進んでいた時、父が言った言葉を今でも思い出す。「貴之、人は殺すなよ。戻って来れんようになるぞ。」この言葉の距離感に、父と同じ程の年齢になった自分は感心する、感動すら覚える。付かず、離れず。優しく見守りつつ最後には自分が犠牲になる覚悟を秘めている。
頭も決して良くなかったし、頑固で偏見の固まりのような人であった。無骨で悲しい事に禿げていた。つまらん事ばかりを子は受け継ぐものだとつくづく思う。それでも父を思い出すと、偉大な男だったと思う。私もまたそうなりたい。
どんなに文句言ってもまだ生きておられるなら幸せじゃないかとよく思う。でも、言われた本人にはその私の思いは理解できない。
親と子。私たちが幸せに生きるために、お金よりも何よりも避けて通れないもの。この問題はもちろん教育の問題とも密接に関連している。長くなって疲れたのでここまで。

2008年06月16日

近況報告

バンドの練習曲で買ったマイケル・シェンカーにはまっていて毎日毎日車の中で「神」を聞いている。今はドンドンアルバムを揃えたい気分。昨日はやっと修理に出していたバイクが復活、これで夏の遊びの準備も万端である。
会社では保護者面談週間でこちらも毎日保護者と勉強・進路のお話。これが楽しい。(まぁ、年齢的にも子供より保護者にの方に近いんだから、当然と言えば当然)勉強についての塾の考え方をお話して、家でのご様子をお聞きするというだけなんだが。
今週は前期のヤマ場。一週間ビッチリ忙しい。合間を縫って休憩の準備までしているんだから、たかがしれているが。

2008年06月17日

クライモリ続編見応えのB級!

「クライモリデッドエンド」を見た。前作はDVDまで買ったが、こちらは…残酷描写が徹底している。人体破壊、切株映画に徹底しているそのB級精神がなかなか潔い。ありきたりなストーリー展開も吹っ飛んでしまう。特に中盤、大佐みたいなのが反撃に転じ、それ以外のメンバーはいまだ事の重大さに思い至っていない辺りの緊迫感が好きだ。見ていられない、でも見たい、これぞホラー映画って感じ。ちなみに舞台設定は「サランドラ」風、(ヒル・ハブ・アイズでリメイクされた。近日見る予定)日本では絶対許されない設定だろうなぁ。

2008年06月18日

お金は銀行に預けません!

金融リテラシーの勉強第3弾である。国際的な基準で考えると今の日本の銀行・郵便局の預貯金ほど、割の合わない貯蓄方法はないわけで、それを作者は「機会損失」と捉える。面白いと思ったのは、投資に回さず機会利潤を得ないために自然に実労働だけが総所得となり、日本の労働環境が生まれてしまうという展開。少子高齢化はその結果だという風に続く。右へ倣え教育が徹底してしまったために過度に老後に不安を感じる人が増えたのも同じような背景があるのかもしれない。もちろん、こういった社会科学的な意見が主旨ではなく、非常に実践的リスク資産運用を分かりやすく説明していて、これも大正解だった。おおよそ、現時点での金融のポイントはつかめてきたかな?もうちょっと、勉強する。

集団か個別か?

中野ゼミナールには集団指導部門と個別指導部門が併設されているが、小中学生は基本的に個別指導としての入塾を募集していない。最近もある保護者と話していて「個別に見てもらえないのか」と言われたのに私の解答は「お母さん、個別指導というのはご本人に学習ペースやレベルを合わせるということですよねぇ。そんなことをしても成績は上がりませんよ。」と言うと、パッと気付かれた。そう、成績が上がるというのは、生徒個人が集団のレベルに合ってくるという事なのであって、合わせるべきなのは勉強内容ではなく、個人の方なのである。世に広まっている個別指導塾の方々には悪いが、費用対効果を考えると圧倒的に集団指導の方が有利である。また、内のチラシには「授業が分かるだけでは成績は上がりません」という挑発的なキャッチがある。もちろん、某個別指導塾の「分かるまで教えます」というチラシのキャッチに対抗してのものだ。(規模ではクジラとアリほど違うが)授業の本質は学習内容を分からせるという事には留まらない。+アルファーがあるが、それをこの塾では気付いていないらしい。(アルファーと書いたが当然私は何か知っている。ここでは誤魔化しているだけだ)何とも不思議な世の中になったものだ。

2008年06月21日

マイケル・シェンカー第2弾!

「神」以来、マイケル・シェンカー第2弾。これも素晴らしい。楽曲の散らばり具合が心地よいのと、相変わらずの超絶ギターが炸裂している。彼のギターは比較的正統派の速弾きが多いので、聞きやすく耳にも残りやすい。何とか時間が空いたらこれも練習したい&ギブソンのギターがまたほしくなってきた。でも買ったら奥さん怒るだろうなぁ。

2008年06月23日

バイオハザードⅢ!

近所のレンタルビデオ屋でやっと一週間レンタルになったので見た。このテの内容はえてして回を追うごとに話が大きくなって、このバイオハザードもその例に漏れず、一気に人類滅亡の危機に直面している。(白人って本当に好きだなぁ!)ミラ・ジョジョビッチ(名前覚えられず)が格好良いのと、生き残り人間の一団に可愛い女性が多い(それもタンクトップ!)のが、良いが、ラストまで行くと、ちょっとネタ切れ感があるのは私だけではないだろう。規模も大きくなったんだから、もう一工夫ほしかった。でも、見ても損はないだろう。

2008年06月24日

リーピング;オカルトサスペンス

「エクソシスト」や「オーメン」に連なるオカルト映画ではあるが、キモイ悪魔も出ないし、顔が異形のものに変わる訳でもない。殺され方もさほどエグくない。まぁ、正統派オカルトサスペンスという事か。内容は良く出来ていると感じるし、引き締まった感あり。ただ、ホラー好きの私としてはイマイチ物足りないものを感じる。最後まで見て悪魔が誰か分からないようになっているんだが、いつものようにあまり頭良くないからか、展開が速いからか、よく分からなかった(何となく分かった程度)。でも、まぁ、アメリカの片田舎って、怖いなぁ。

2008年06月25日

日本の近代というミステリー

日本の明治以降程に一体何だったのかと自問する時代はない。どうすれば良かったのか、どうしてこうなったのか、断続的ながら私はずっとこの問いを考え続けてきた。結果的に何か、あるいは誰かが歴史に責任を負うなどという考え自体が馬鹿げているという結論に達した。この書では大正まで書かれているが、大体自分の考えている明治像とそんなに違和感なく読めた。いつか真面目に勉強する時間が出来たらちゃんと考えたいと思う。

“正義”の思い込みの恐怖

以前からこの事に関しては何度か書いたことがあるが、最近もまたまたX新聞で法相を「死に神」呼ばわりして回りに波紋を投げている。裁判所で死刑判決が出て、手続きとして法相が調印して死刑が執行される、この事の一体何に文句を言いたいのか私には分からない。判決が不満だったらそう訴えれば良い。子どもが愚痴を言うような事を言ってみんながどう思うかを理解できないようなその感性に私は恐怖を感じる。既に妄想の域ではないか。教訓としておくべきは、この問題がヒューマニズムのグロテスクさを表すものであり、今から四~五十年前、日本が左に浮かれていた時期にはそれでも賛同したであろう人間が一杯いたというこれまた想像を絶する事実である。私自身の感覚では日本は確実に昔より良くなっていると思う。ちがうか?
最近橋下知事のニュースが面白くってしょうがない。それにしても公務員ってどうしてあれほど世間知から離れているんだろう。やはり、人の税金で生きている中で大切な何かを失っていくものなんだろう。朝礼で「それなら他の職を探してくれ」発言や人件費削減案(それもたったの10%程度じゃないか!リストラされて怒鳴るなら気持ちは分かるが、これも話のレベルが低すぎるだろう。言っている奴は自分が如何に非常識な事を言っているのか分かってないのであろうことがここでも不気味だ)など、全く以って正論ではないか。他府県ではあるが、応援したくなる。京都も早くウミを誰か出さないかなぁ。
繰り返す。自分は「正しい」と思っているヤツほど恐ろしい人間はいない。自分が人間という不完全で無知な存在である事を知らない事ほど恐ろしい事はない。

2008年06月27日

チェンジの教訓;朝倉総理頑張れ

視聴率でなんだかんだとうるさいことだが、「チェンジ」を久しぶりに見てやっぱり面白かった。総理大臣になってからしばらく忙しくって見ていなかったが(奥さんだけずっと見ている)、いつの間にやら政治の黒幕と対決する羽目に陥っている。まぁ、内容の細かい事は良いとして、このドラマで面白いと思うのは、職業あるいは肩書きと人間性ーキャラクターー器との戦いという視点。さすがに総理大臣になってしまったら素人です、では済まされないのだが、彼の人間性に影響を受けて周りの人間が徐々に変わっていくのが小気味良い。我々は所詮、人間ではないか?そして、肩書きとは所詮、看板にしか過ぎない。私自身、不良サラリーマン時代、だからこそ、それまでの肩書き(役職)を捨てて「哲人」という肩書きで個人の名刺を作って回りにアピールした。私は「~部長」でも「~本部長」でもない、今も昔も「哲人」であり、それだけで良い。今は会社組織を作る立場になったが、それでも志は全く変わらない。来週が影のドン(寺尾総)との対決だ。頑張れ、朝倉総理!

2008年06月30日

“椿三十郎”を見た

と言っても、織田裕二ではない。またまた黒澤明。娯楽作品として良く出来ている。黒澤作品はどれも台詞が良い。以前の「隠し砦~」でも書いたが、正に古き良き日本男児を三船敏郎が好演している。最後の台詞が「あばよ!」肩で風を切って画面から離れていく後姿のカッコいいことと来たら!でも、この素浪人物(「用心棒」以来)って、よく考えると、舞台は西部劇なんだよなぁ。主人公がどこからともなく現れ、一仕事終えてまたどこかへ去っていく。でも僕って、こういう話に弱いんだよなぁ。

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