水霊~面白いが、長い!
イザナギとイザナミ絡みのホラー小説だという事で読んだ。内容は結構面白かったが、とにかく長い。文庫で約600㌻。一気にはとても無理。主人公は設定は面白いのだが、性格がどう考えても感情移入出来ないダメ男タイプ。その他にも人格設定には無理がある所が多々あり、物語の持つパニック・ホラー的な要素が際立たないのが、残念。ただ、古代史と現代をつなげて話を展開させるのは、大変面白く私自身の作品にも利用したいと思う。
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イザナギとイザナミ絡みのホラー小説だという事で読んだ。内容は結構面白かったが、とにかく長い。文庫で約600㌻。一気にはとても無理。主人公は設定は面白いのだが、性格がどう考えても感情移入出来ないダメ男タイプ。その他にも人格設定には無理がある所が多々あり、物語の持つパニック・ホラー的な要素が際立たないのが、残念。ただ、古代史と現代をつなげて話を展開させるのは、大変面白く私自身の作品にも利用したいと思う。
何とか春期講習会もほぼ終了、昨年同様3月以降の問い合わせ者は全員入塾してきて、(講習生は除く)まぁ、ちょっと一安心。塾前ではJR桂駅建設が急ピッチでなされていて、やっと駅の外観が見えてきた。これでやっと中野ゼミナールも駅前の塾になる。
さて、近くに自衛隊があることから、塾の周りには桜が今まさに満開、明日は職員研修をやった後、慰労を兼ねてみんなで花見に行く事になった。私は大のイベント好きなのでこういう企画は大賛成、6人の花見の準備なら1時間以内で終了してしまった。
私自身は花を愛でるなどという殊勝な感性は全く持っていないが、立場上ほぼ毎年花見に行って、飲んだり騒いだりはしている。実に日本人的な生活スタイルではないか。まぁ、理由をこじつけてお酒を飲みたいだけなんだが。
今年がどのような一年になっていくのか?中野ゼミナールにとっても、大きな飛躍・転換の年になるだろうと予想される。たった四人の生徒からスタートしてやっと十倍近くにまでは生徒も増えては来た。それでもまだまだ安心はしていないし、それ以上に私自身の“生”を生きるべくいくつもの課題に今年は取り掛かっていきたい。バンドもそうだし、小説、勉強会、歴史、教育、思想に関してまだまだやりたい事が一杯ある。
人生も半分以上過ぎている(はずだ)。coolな“死に様”に向かって走り続けよう。
やっぱりジェシカ・アルバが好きだ。可愛い。昨夜も寝るつもりでちょっと観るだけと思ったら最後まで観てしまった。終わったのは朝の6時。これはつらい。まぁ、後悔はないけど。まぁ、内容はあまりたいした事はない。前作から続いて超能力を持った4人がスケールアップして地球の危機を救う、それだけ。あまり内容は突っ込まない方が良いと思う。ただ、ジェシカ・アルバのナイス・バデイとその笑顔のセクシーさが群を抜いている、それだけ。
春を終え、新年度の中野ゼミナール教務戦略をお披露目しました。①家庭学習までしっかり要求する塾②学力アップの3要素を踏まえる(内容は企業秘密)③カリキュラムの前倒しスタイル確立(早くやってやり直し)④コミュニケーション力の練成 の4点。徐々に近隣の塾の教務体制に関する情報が流れてきており、“これなら勝てる!”という勢いが全体に漲っています。昨年一年間孤軍奮闘で戦ってきた成果を今年一気に地域に知らしめたい。昨年とは打って変わって今年は販促に対して積極策を取ります。
塾生も昨年最高人数を上回ってのスタートが確定、規模の面においても小さいながらもやっと「個人でやったはる」塾から「地元の進学」塾レベルには上昇しつつある。
軌道に乗ったとはまだまだ言い難いものの、その目標はもう目の前に見えてきた。頑張ろう。
中野ゼミナールには「通信制高校」の部門があり、今年初めての入学生が来た。(内の塾に通ってたら高卒資格が得られるのだ!)色々事情はあれど、たかが勉強ごときで人生を棒に振るのは何とももったいない話だ。今朝、どこかの塾のチラシに「競争はよくない」みたいな事を書いているのがあった。私に言わせればこれも間違っている。
本来「勉強」は人生を豊かに、幸せに生きるための手段にしか過ぎない。その手段を唯一絶対の目的みたいに考えるのが間違いの元凶なのだ。しかし、考えてみればその原因はやはり大人にある。「お金」「仕事」皆人生の目的にはなりえないはずのつまり人間が開発した道具にしか過ぎないのにそれに囚われて、振り回されている人の何と多いことよ。
以前ある勉強会でどこかのビジネスマンに「あなたの夢は何ですか?」と聞いたところ、「私は~という資格を取って、出世することが夢です」と真顔で言われて絶句した覚えがある。それは目標でしょう、それも単に仕事上の。
子どもに夢を求める前に大人こそが夢を持たねばならない。でも、「夢」という言葉が持っている淡い、ほのかな陰影を自分の言葉で語ることの出来る大人はそんなには多くはないのだ。だから、子どもに夢を持てなどと強制するな、これが私の主張だ。
それでは仕事はお金儲けと割り切って、遊び・趣味に走るのはどうだ?私はそれも好まない。勉強は手段だが、手段を極める瞬間、それは目的化する。そこまで行ってそれを捨てる。これは仕事も同じだ。誰が金儲けのための仕事をしている人の塾に自分の可愛い子どもを預ける?仕事はこれはこれで全身全霊で己のものにするべきものだ。決してないがしろにしても良いというものではない。
疲れたので今日はここまで。これでも読んだらどうだろう。
一週間ぶりのブログ。ずっとパソコンを修理中だったためだが、その間にも様々な動きが回りにあった。相変わらず家ではホラー映画しか見ないのだが、塾の方も新学期がスタート、学年によっては教室定員15名に迫る勢いの所もあり、全体でも3月時点の生徒数が倍増していた。チラシ・投げ込み・雑誌・回覧板とにかく販促活動も積極的に行なった。まずは一段落か。
ところで友人のlive&bar「pick up」(5月3日にライブをやるよ。夜露死苦!)の3周年記念ライブが都雅都雅であって見に行った。とても感動的なステージに様々な思いがまた錯綜、実り多かった。日常的にはあまり元気でないため映画や読書はやや停滞気味。仕事をしている方が今は落ち着く。
そうそう、ライブが終わってからバンドのベーシストと飲み食い。お互い独立しているので(年季は随分違う、大先輩)話も明け透けでそれが逆に安心している。人生の幸不幸についての話が主。私はあまりそれについて考えた事がなくって、考えない自分を幸せだと感じている。(モテる奴は恋愛論など語らないのと同じ)“社長は不幸だ”と、そんな事はないぞ!要は優先順位、それと自分の哲学がブレない事。この2点だと思う。
お金がもうかったから幸福になる訳ではない。そう悟ってしまえばお金などただの道具だと割り切れる。「ないよりある方が良い」ものというのは、えてしてなくても良いものなのだ。なくてはならないものを突き詰めて行かないと、おそらく幸福には出会わないのではなかろうか。
まぁそれは良いとして、早く散髪したい、それだけが今の望みだ。
先日前からの近況報告に引き続き。いまだ入塾生の流れは続いていて、あれから(ほんの三日前)また三人入った。昨年の入塾者数と照らし合わせると、去年の九ヶ月分の入塾者がこの一ヶ月程に入ってきた計算になる。とにかく大感謝である。最初期から来ている生徒にその事を話していたら「どうして、わざわざここに来るの?」ウ~ン、これには答えに詰まる。実績、評判、なんだろう?少なくとも分かっているのは、内はとにかく退塾者がいない事。皆生徒も先生も辞めない。面談で話していても小学生ぐらいでも、「末永く大学まで面倒見て下さい」みたいな事を言われる例がいくつもある。昨年一年間、入塾者が少なく悶々としていた日々が本当にウソみたいである。私の予感ではこの勢いはもうしばらく続きそうな気がしている。(生徒の顔とかを見ていると)クラスも活気があるし、(そりゃそうだ。何しろ毎週クラスのメンバーが増えているんだから)楽しい。
私は仕事が好きだ。それは社会との接点でもあり、その中でしか我々は自己確認が出来ないと思うからだ。だから私はネットビジネスやサイドビジネスに興味関心がないのだ。金があるなら本を出すほうがよっぽど夢が持てる。三十年この道一筋でやって来てまさに今こそが集大成の時期だなぁと感じる。
やっぱり人生って面白いなぁ。
単独ライブの練習も徐々に熱が入ってきて今は“音”作りの段階。昨日のスタジオ練習ではそれなりに良いロックらしい音が出せて、それだけでぐっと全体が締まる感じだ。もうちょっとトーンワークスを使いこなさないとなぁとつくづく思う。
ところで、やっとまともに日曜日が休みだったので、久しぶりに本を読了した、と言ってもまたまたホラー関係。「切株映画」の次は「イタリアン・ホラー」。ちゃんとした映画評論だったので、それなりに面白かった。貴重写真も結構載ってた。
そろそろ生活が日常に復帰しつつあるが、入塾の動きはまだ止まらず。4月一杯はまだドタバタしそうだ。奥さんは風邪で機嫌悪いし、ネコはまた家出するし…。
光市の母子殺害事件の死刑判決が出た。私自身はホラー小説を書く身ゆえ、三面記事ネタには並々ならぬ関心を寄せていたが、その中でもこの事件は異様だった。全体を見渡した上で、本村氏の努力がまさに日本の司法の歴史の流れを大きく変えたとでも言うべきなんだろう。その事に感動する。そして、この事件でもう一つ忘れてはならない事がある。それは“弁護士”という職業の持ついかがわしさである。彼らが弁護するのは弱者ではなく、裁判というゲーム上の被告人という立場にいる者。このような犯罪の場合には往々にして一般的な常識から逸脱している犯罪者を弁護するという、汚れ役を演じる。もちろん、法治国家なんだから、満場一致で何でもかんでも決まる訳はないにせよ、この事件の弁護は第二の殺人に相当するほどに酷かった。被害者を愚弄するにも程がある。
いずれにせよ、弁護側はまた上告するらしいが、これ以上裁判で話し合う新たな争点がないなら、棄却して確定してしまった方が皆のために良いのではないか。それでなくても、司法の権威の失墜著しいのだから。
まぁ、今回の判決は妥当な判断だろう。
チベット問題自体はもう随分昔から小林よしのりがマンガで訴えていたので知ってはいたが、この所、オリンピック聖火リレー絡みで有名になってきた。平和というのが、ある種の暴力によってしか守られない現実を我々は知らねばならないし、政治や社会と全く独立してスポーツという営みが存在するなどというのも当然幻想だ。だから、チベット問題を盾にして聖火リレー反対を標榜する事に私自身は大きな違和感はない。それにしても、私が思うのは…、別に聖火とチベット問題ってそんなに密接な関係はないような気がするという事。北京五輪に反対するのならまだ分かる(参加しないとか、抗議するとか、スピルバーグもそうだし)。しかし、聖火リレー妨害ってどうなんだろう、個人的な好みではこういう時にこそ、ストリーキング(丸裸で公衆の面前を駆け抜けるヤツ)で抗議っていうのが、紳士的ではないかと思う。「人権を守れ!」みたいにボディーペインティングしたり、頭をチベット国旗に刈り込んだり。これで男女三人ぐらいずつ手をつないで聖火リレーを横切って、警官に追いかけられた瞬間、みんなバラバラの方角に逃げるってどう?見ている人も楽しめるし、絶対世界中のテレビに映れるぞ!誰も傷つかないし。
暴力だけが「破壊」ではない。いや、ある意味「笑い」こそ、権力にとって最も御し難い反勢力である事を私たちは歴史から学ぶべきだと思う。この映画でも見て、笑い死ね!
久しぶりにまともな映画を見た。「キスキスバンバン」。コメディタッチのクライムサスペンスでとても面白かった。ハウント・ドッグのヴォーカルの大友に似ているダメ男ロバート・ダウニー・Jr.、密かに私はファンであるヴァル・キルマー(実は前回も書いたがコメディがうまい)、 キュートかつセクシーなミシェル・モナハン。なかなかイケルと思うよ。ハードボイルド系のストーリーなので最後の種明かしになっても細かな伏線が見切れない(私はこういうのが実は苦手)のが残念だが、それでも映画として十分に楽しめる。何度も笑ける場面あり、(ヴァル・キルマーのゲイネタが何だか爆笑する)昔々のあこがれのプリンセス、ミシェル・モナハンが何とも可愛い。偶然出会ったにしては本当に良い映画に巡り合った。買っても良いぐらい。お勧め。
「キスキスバンバン」を見た後で途中まで観てやめていた「ピース」というB級ホラーを見た。話題のライオンズゲイト(ソウシリーズを出しているのかな?)の作品。よくあるアメリカの田舎に殺人一家が住んでいたという類。その点に関してはほとんどいくつもある映画と区別がつかない。目新しいのは娘の存在ぐらいか。主人公の女性があまりセクシーでなかった(痩せすぎ!)のでそれでなくてもストーリーはユルユルなのに、最後まで一気に見せる緊張感がなかった。まぁ、ゴアシーンもほとんどないので、借りるほどでは全くなかった。
何年ぶりかで気分を変えて挑戦したのが歴史系のビジネス書。タイトルからして「将と参謀では見る所が違う」みたいな話なのかと思いきや、別に何の核心にも触れぬまま最後まで行ってしまった。何が言いたいの?って感じ。ビジネス的にポイントになるのはあらゆる仕事は①目的と②貢献度、③評価で判断されるという事ぐらいで(何度も書かれていた)、ただ、それだけの事なら考えれば誰でも判る程度の知識。実際数時間で読めてしまえたが、何というか、これが単行本から文庫本に変わった理由を教えてほしい。それほど読むに値するの?