先日の「教育大混乱」を読み切った。全体的には非常に面白く読んだが、いくつか疑問点もある。①つまり、公教育によって国民にあまねく人間教育を施すことに時代的な限界がないか?②私は塾講師なので、消費者ーつまり家庭優先主義だが、教育再生会議が現場の教師の声を無視しては施策を実行できないように、学校も家庭の声を無視しては教育できないはず。そうすると、最終的には家庭(つまり私の言葉では社会)が教育の方向性を決めているのではないのか?③根本まで遡った時、「人間性」や「倫理」を他人が「教える」という行為が可能なのか?などである。
ただ、社会や大人、学校の混乱とは別次元で子どもは日々成長・変化している。目の前にいる子どもには教育談義など不要であろう。塾なり寺小屋なりの存在意義はそこにある。諏訪氏は「塾がなくなっても学校はなくならないが、学校がなくなれば塾が学校化する」と言っているが、私に言わせれば、学校がない時から塾はあった。つまり学校は既に塾化しているのである。また、学校は国の施策でいつでもなくなる可能性はあるが、塾は自然発生的に生まれた教育機関ゆえなくなることはありえないのである。
まあいずれにせよ、非常に面白い本である。教育に関心のある方はやはりこれくらいを最低読んで、論を進めてほしいと切に願う。